「望みと祈りのワークショップ」という中学2年生の一泊2日の合宿を行いました。
その内容は改めて紹介する予定ですが、今回はその夜に行った「キャンドルサービス」について報告します。
生徒ひとりひとりに、短い(1時間はもつ)キャンドルを配っています。ろうがたれないように受け皿も用意しました。
まず第1部は「闇の体験」です。会場の灯りをすべて消して、暗闇にします。でも「真っ暗闇」はなかなか作れないのです。会場には非常口を示すライトは消せません。夜の7辞30分頃に行ったのですが、実は空はけっこう明るいのです。
本当は「鼻をつままれても分からない」「一寸先は闇」という状態を作り出したかったのですが、これはけっこう難しいということに気づきます。
でも目をつぶれば、実は「真っ暗闇」は経験できるけれど、これは「真の闇」とは違うのですね。
闇の中にいると「不安」にかられます。でもよく考えると「闇が恐い」のは近くに誰がいるか分からない状態が「不安」なのです。まわりにいる人たちはみな安心していい人であれば闇は恐くないはずです。
第2部は「一筋の光り」。
会場に入り口に「一本のろうそく」に火をともします。それを部屋の真ん中におきます。暗闇の中の一本のキャンドルの火を見つめます。暗闇の中では、小さな炎でもほっとします。
その小さなキャンドルの明かりで聖書を朗読します。マタイ五章の「地の塩世の光」のところです。この聖書の言葉を聞いてしばらく味わいます。
このなかで、イエスは「あなたがたは地の塩世の光になりなさい」とは述べていない、「あなたがたはそのままで地の塩世の光なのです」と述べていることを意識します。
第三部、「キャンドルの光りを拡げていく」
中央にある大きなキャンドルから、クラスの代表が自分のキャンドルに火をともし、それをクラスの仲間に火を運んでいきます。一つの灯が徐々にみなに伝えられ、たくさんの灯となっていきます。やがて全員のキャンドルに火がともります。
考えてみたらこの炎のリレーも神秘的なことです。一つの小さな灯が伝えられ広がっていくことは何かに似ています。たとえば「いのちのリレー」に似ていることを意識します。
「福音の光り」もこのようなものでしょう。小さな「よきたより(good news)」が、みなに伝えられていくというのもこれと似ています。
オルガンで「ともしびをともしたら」という歌を弾いてもらいます。最初は伴奏だけで、全員に火がわたったらその灯りで歌集をみてうたいます。
第四部は「炎を見つめて」です。
自分のキャンドルの炎を見つめます。ゆらゆらとともされている「キャンドルの炎」を見つめていると「瞑想の世界」に入ります。この炎を見つめながら何を感じるかを意識します。
ある人は「このキャンドルの炎」の危うさを感じるでしょう。この炎は息を吹きかけたり、強い風にあおられると消えてしまいます。不安定さを感じるでしょう。
またある人は、このキャンドルが自分の身を溶かして、それを燃やして光と熱になることに気づくでしょう。「自分の身を燃やして」光りになっているのです。
そしてキャンドルは、燃えると何も残さないのです。「完全燃焼している」ことにも気づきます。灰も燃えかすも残さないのですね。これも神秘的なことです。
キャンドルの炎を見つめているといろいろなことを思い出します。自分の「光りの黙想」へと誘われます。
さらに、このキャンドルの炎は人のキャンドルにたやすく火を伝えられます。炎のリレーが簡単にできるのです。これも考えてみたら神秘的なことです。
第五部は「部屋の灯り」です。
自分のろうそくを消し、部屋の灯りをつけます。部屋の灯りとキャンドルの炎はどのように違いますか?とといかけます。
最後に歌をうたいます。「愛されている子供らしく」という歌がいいでしょう。
2006年07月27日
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合宿の夜にふさわしいですね。
コメントをありがとうございます。
最後の歌は「光りのあるうちに」という歌もあることは知っているのですが、残念ながらメロディを知らないので、今度その歌を覚えておきましょう。
キャンドルサービスのよい方法やよい歌があったら、教えてください。