活版印刷の活字を拾う仕事を「文選」といい、それを行間をさだめたり、行組みにするのを「植字({ちょくじ」と呼んでいた)」と言っていて、異なった職人の仕事であった。さらに使った活字を溶かして、新しい活字に鋳込む仕事を「鋳造」といっていた。小さな活字の工場では、一度使った活字をもとの箱へ戻していたが、ある程度の規模になるともう一度鋳込んだ方が能率的なので、「鋳造」の機械をもっていた。
写植もタイプレスもこの三つの仕事をひとりで行うというところにもメリットがあったのである。
さて、その「文選」の仕事で、興味を覚えたのは活字の配列であった。文選工は、活字の入った箱をならべた「ウマ」と呼ばれる活字棚から、原稿を読みながら、必要な活字を一字一字拾っていったのだが、その文字配列が独特のものであった。
基本的には部首配列であったのだが、使用頻度によって、さまざまな工夫がこらされていた。
もっとも使用頻度の高い活字の入った箱を「大出張」とよび、さらに使用頻度によって「出張」「小出張」という名が付けられていた。それとは別に「袖」という箱には、元号や漢数字、都道府県などよく使う地名などが入っていた。
ある活版会社の「大出張」には次の117字が入っているという。
上下不中之主事云人今以何来其入内全出分前化又及合名同国場外多女如子学定家実対小少居度彼得後御心思性意成我或所故政教数文方於新時書最会有本業此民気法活無然為物現理生産用田当発的相知社私立組経義者育自至行要見言記説論議通道部重長間関体高点
また「袖」の箱には次の60字が入っていたという。
一二三四五六七八九十〇百千万銭廿卅壱弐参拾節頁項章厘毛編篇郵税昭和大正明治年月日第等条号東京都市府県区郡町村丁番円金目地
「出張」の箱は四箱に別れていて、それぞれ二〇〇字余りが入っています。一つの箱に入る活字がこのくらいだったのであろうか。
さらに、使用頻度の低い文字の箱の中には「泥棒」という名前の箱があった。誰かがいつの間にか持っていってしまうということで名付けられたと聞く。
考えてみたら、使用頻度の高い活字はたくさんそろえておかねばならないわけで、それもよく使う9ポ、8ポ、初号と活字の大きさ別、あるいはゴシックなど書体別にそろえておかなければならなかったわけで広い場所を必要とした。
「鋳造」をもっている場合には、「母型」をそろえておかねばならない。
文選の時にない活字は、活字を逆さまにして「ゲタ」をはかせていた。
どこに何の文字があるのかを覚えるのは、なかなか大変でやはり「職人仕事」だったのである。
「製本工」の職人仕事とはまた別な「文字組み版」の職人仕事にあこがれて、私はつぎに「写真植字」の仕事に入っていく。
これについてはまた改めて書くことにしよう。