今から10年ほど前、中学2年生の夏の合宿が白樺湖で行われていた。その帰りの日の昼食は白樺湖から茅野に抜ける道の途中にある製麺工場でそばを食べることになっていた。
そばの工場を見学したあとに、プレハブの工場の大きな部屋にとおされた。大きな扇風機がぶんぶんうなって回っていた。そこにグループ7人ごとにひとつのテーブルが用意されていて、そのテーブルの上にはテニスボール大のそば玉とのし棒、包丁などがセットされていた。
工場の人の説明に従って、そばを伸していく。そしてそれを包丁で切る。ぶつぶつで太くて、そば状にはなかなかないのだが、ある程度できあがるとそれをざるに盛って大鍋で煮るために持っていった。
しばらくすると、自分たちの作ったぶつぶつで太めのそばときれいに切ってある機械うちのそばとがざるに盛られてできあがってきた。そして薬味のネギとわさびと、器に入ったつゆがテーブルごとに運ばれてきた。
さっそく、自分たちの作った太めでぶつぶつのそばと機械うちのきれいに切られた長いそばとを食べ比べてみる。
「おいし〜い!」という声が上がったのは、自分たちの作ったそばを食べる時。「こんなおいしいそばは始めて」という声も聞かれる。
わたしも食べてみた。確かに機械うちのそばよりも自分たちが作ったそばのほうが見栄えは悪いが、格段においしい。こしが適度にあって、のどごしがよいし、そばの味が濃い。
まわりのテーブルを見渡してみると、ほとんどのテーブルで自分たちの作ったそばのほうが断然売れ行きがよい。ざるに残っている小さく切れてしまったそばの残りを丹念に取って食べている生徒もいた。
ところが中には、機械うちのほうがおいしいといって自分たちの作ったそばのほうが残っているテーブルがあった。そのテーブルの残っているそばはまわりの人からねらわれていた。「こっちのほうがおいしいのになぜ残しているの? 食べないならわたしが食べてもいい?」」といわれている。
想像するに、こういうテーブルでは誰か一番最初に食べたそのグループのリーダーみたいな人が「こっちのほうがおいしい」と機械うちのそばのほうを食べ出して、その他のグループのメンバーもそれに影響されてしまったようである。こういうところが女の子のグループというべきかもしれない。
まわりの人たちにねらわれても、そのテーブルの人たちは機械うちのそばのほうを食べ続け、自分たちが作ったそばはまわりのテーブルの人たちに食べられてしまった。
何でも、製麺工場でそば打ち体験をさせることは、白樺湖のホテルや旅館から製麺工場がこういうことをするのは営業妨害であるいう横やりが入ったらしい。結局この企画は存続しなかった。