哲学者カントは、バルト海にのぞむケーニヒスベルクの町(現在のカリーニングラード、なぜかここはロシアの飛び地である)を生涯離れなかった。せいぜい数マイルの行動範囲で80年の生涯を終えた。
にもかかわらず、彼の思想がグローバルなスケールをもっていることにおどろく。
彼の規則正しい生活は有名である。朝5時に起き、睡眠は必ず7時間をとり、夜10時には床につく。食事は一日1食、毎夕定期的に散歩を欠かさなかった。町の人は彼の散歩を時計がわりにしていた。
ただ一度、その散歩を忘れてしまったことがあった。それはルソーの「エミール」という本を読んだときであったという。
かれは一日1回の食事を、友人たちを家に招いてゆっくりと談話を楽しみつつ楽しんだ。その人数は「9人より多くなく3人より少なくない」と決めていた。
カントの昼食のテーブルでは、哲学論議などの堅苦しい議論は嫌っていた。
カントの家で食事を共にした日は、その友人にとっても祭日であった。カントは少しも教師らしいふうをしないが、愉快な幾多の教訓で食事に香味を添えた。そうして1時から4時までの時間を短く感じさせ、しかも非常に有益で少しも退屈させなかった。彼は会話が活気を養う突然の瞬間を「無風」と名付け、これに我慢できなかった。彼はいつも一般的な話題を持ち出し、人びとの好みを察して共感を持ってそれを話し合うことができた。(「晩年におけるカント」バジャンスキー著 芝丞訳)
食事中の談話は偉大な芸術である。臨席の人とだけではなく、同席者のすべてと談話することができなければならない。重苦しい長い沈黙の時があってはならない。また談話の対象を一遍に別の対象に飛躍してはならない。談話中に激情が燃え上がることがないようにしなければならない。食卓での会話は遊戯であって、仕事ではない。…………討論を終わらせる最良の方法は冗談である。冗談は対立する意見を仲裁するだけではなく、笑いを呼び起こして消化作用を助ける。
一体どんな話が出たのか、その話の内容は記録に残っていないのが残念である。