さらにこのフランス語の語源をたどっていくと、ローマ帝政最初の皇帝アウグストゥスの片腕となって活躍したマエケナスに由来するというと塩野七生著「ローマ人の物語Y」に書かれていた。
マエケナスは、アウグストゥスによって、今でいうなら文化・広報担当の役を与えられた。彼はこの役について、私財を投じて文化の助成に費やした。彼の周囲には多くの文化人が集まった。中でも詩人が多く。ヴェルギリウスとホラティウスの二人は有名である。
ヴェルギリウスは、ダンテの「神曲」において、地獄と煉獄まわりの案内者とされたことでも知られている。
一方の詩人ホラティウスは、解放奴隷の子で財産もない貧しい詩人であったが、マエケナスは最初、アウグストゥスのもとで官吏の仕事を紹介するが、彼はそれを断る。それならとマエケナスは、ホラティウスに、24室もの部屋を持つ山荘の管理人とした。当時山荘を送るということは,住まいと仕事場と生活の糧を送ると同じことであった。
イタリアのルネッサンス時代にも「マエケナスする」人がいた。フィレンツェのメディチ家の当主コシモである。彫刻家のドナテッロ、ミケランジェロなどはいずれも、コシモ・デ・メディチの世話になった芸術家である。
その語源がこんな所にあると知って少々驚きであった。