2008年05月08日

高村光太郎は帰国直後に日本人をこう描いていた。題して「根付けの国」

「詩ってなんだろう」(谷川俊太郎著 筑摩書房刊)にはこんな詩も紹介されていた。

 「根付の国」  高村光太郎

 頬骨が出て,唇が厚くて,眼が三角で,名人三五郎の彫った
 根付(ねつけ)の様(よう)な顔をして,
 魂をぬかれた様にぽかんとして
 自分を知らない,こせこせした
 命のやすい
 見栄坊な
 小さく固まって,納まり返った
 猿の様な,狐の様な,ももんがあの様な,だぼはぜの様な,
  麦魚(めだか)の様な,鬼瓦の様な,茶碗のかけらの様な日本人


 高村光太郎は,詩人であり,彫刻家である。「智恵子抄」はあまりにも有名である。
 この詩は,明治44年1月に発表されたもので,長い外国生活から帰った直後に書かれたという。そんなかれには日本人がこのように見えたらしい。

 根付は,印籠や煙草入れなどを帯に挟んだとき,落ちないように,それらの紐の端に付ける小彫刻や珍石などのこと。今なら携帯のストラップの端に付けるグッズにあたるだろう。
 名人三五郎は,根付彫刻の名匠といわれた人。ただし、ほかの詩集には「名人周山」とでていた。
 ももんがあは,リス科の動物モモンガのこと。

posted by mrgoodnews at 23:14| Comment(2) | 詩、歌、祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
イギリスの大英博物館に行って、なぜ光太郎が根付の国と言ったかうなづけました。エジプトや中国などものすごい迫力で、沢山の展示品があるなかで、日本の部には、その殆どがガラスケースに収まりきった、小さな根付だったのです。
なんだか、確かにおもちゃのようで、中国の付けたしのほんの端っこの文化・・という印象でした。ああ、光太郎は、西欧と中国、エジプトなどの圧倒的な存在感にたいして、自分の国のちっぽけな、文化の象徴に、マイノリティーとしての自分を感じていたのだと、強く思いました。
Posted by kazu at 2009年03月24日 04:00
ずいぶん昔の書き込みにレスするのもあれだけど、
日本の展示品が少なく小さいものが多い理由は、単にエジプトや中国と違い、日本がイギリスの盗掘に遭っていないからってだけなんだがなぁ。笑
Posted by テク at 2017年08月04日 08:46
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