「わが友フロイス」(井上ひさし著 ネスコ/文藝春秋刊)を読んだ。
フロイスについては以前紹介したことがある。
この書は、井上ひさしが戦国時代にキリスト教の布教活動にたずさわりながら、折々に書かれたであろうフロイスの書簡を想像して書いたものである。そんなに長い本ではないが、フロイスという人物のホンネや性格が井上ひさしらしく愛着を持ってよく描かれていると思う。
たとえば、フロイス27歳の時インドのゴアのコレジオの院長がローマのイエズス会総長にあてた手紙には、フロイスについてこう書かれている。
ゴアの修道院に在籍するイエズス会修道士の成績評定。1位、ルイス・フロイス。27歳。生まれついての文才と語学的才能あり。記憶力も豊富であって、あらゆる文筆の仕事に長ず。また、言葉をたくさん知っており、「歩く字引」というあだ名があるくらいなので、将来よい説教家にもなれるだろう。欠点、饒舌すぎること。2位、ガスパル・クェリョ、28歳、正直で大声の持ち主、統率能力あり。
戦乱の続く京都を逃れて、堺にいたフロイスから、長崎にいる管区長ビレラにあてた手紙では「ここはなんと奇妙な国なのか」と嘆いている。
ここは「鏡のなかの国、ヨーロッパとはすべてあべこべの国、こんな奇妙な国にキリストの福音の根付く日がいったいくるのでしょうか。
………ヨーロッパでは手で蠅を殺すのは不潔とされているが、あべこべに日本では公方や殿までがひょいと蠅を捕まえて羽をむしって投げ捨てる…………ヨーロッパ人は鼻が高くて大きいので拇指か人指し指で鼻の穴をきれいにするが、あべこべに日本人はそれを小指で行う…………われわれは女性の名前を聖人からとるが、あべこべに日本では鍋、鶴、亀、筆、茶などとさまざまなものからとる。われわれはわずか22文字で書くが、あべこべに日本人はほとんど無限にある文字を使って書く。…………われわれは便所で座り、あべこべに日本人はしゃがむ。
オルガンチノからの手紙には、日本人をもって司祭にすべきであると書かれているのに対して、フロイスは「これは絵に描いた餅である」と応えています。
この問題は当時の日本のイエズス会を2つに分けた大きな対立点でした。ビレラ、カブラルなどのポルトガル人たちはどこか日本人を蔑視する傾向を持ち日本人を司祭にすることには否定的でした。またヴァリニヤーノやオルガンチノなどイタリア人たちは積極的であったのですが、フロイスはどちらかというと前者だったようです。
またフロイスは、巡察師ヴァリニヤーノにあてて、こんなブッソーな提案をしています。
我等が、巡察師よ。わたしはあえて提案します。適当なキリシタン大名を選び、彼に対してイエズス会とポルトガル艦隊とが全面的に支援してはどうでしょうか。ゴアの兵器敞から大砲、鉄砲、そして火薬を取り寄せて、われわれの支援する大名に提供するのです。彼を実務化に天下人に仕立て上げるのです。もちろん彼に対しては口を酸っぱくして「あなたが天下人になれるとしたら、それはすべてデウス様のおかげですよ」と教え続ける必要がありますが、さもないともうひとり、日本式デウスができてしまいますから。なにとぞ深い洞察をもってこの提案をご検討くださいますように。
これにたいするヴァリニヤーノの返書。
提案は却下された。提案書は火にくべられ、ただの灰になった。却下理由。われわれはこの国に冒険をしに来たのではない。戦ごっこをしに来たのではない、キリストの福音を伝えに来たのである。以上。
もちろん、この手紙は実際にはなかったであろう。が、いかにもフロイスならこういう提案をしそうな感じの人物である。ちょっと軽率で見かけだけ勇ましくて……………。
ヴァリニヤーノの叱責にもかかわらず、フロイスはまた、秀吉の禁教令の後にバリニヤーノにあてて「小西行長の領土に要塞を築いてここをキリシタンの拠点とする」ことを提案し、さらに「正当ななすべき戦争の基準」について明示しています。
その返書でヴァリニヤーノは、フロイスの書いた「日本史」を長すぎるとして「こんなものはすでに原稿でも書物でもあり得ない。これはよくできた紙くずである。きみはもっと簡潔に書く修業をせねばならない。ローマのイエズス会総長もきみの「日本史」を待っておいでである。早急に、少なくてもこの十分の一以下に書き改めてもらいたい」といい、さらに
きみの思想は過激すぎる。…………相手は世界一やせ我慢の強い日本人なのだよ。…………あの「チャ」と称する苦くてまずい飲み物をやせ我慢をはってうまそうにのみ、またあの「セイザ」と称する窮屈きわまりない座り方を半日続けても弱音を吐かない連中を相手に戦って、いったいどこの軍隊がかてるだろうか。
と書いている。いかにも井上ひさしらしいヴァリニヤーノ観だなとおもわず感心してしまうのである。
フロイスは、更にヴァリニヤーノに食い下がる手紙を書いてついにマカオに転勤を命じられ、その間に「日本人が常用する褌よりも長ったらしい彼の『日本史』を、日本人の背の高さぐらいまで短く書き改めなければならない」と命じられる。
マカオに左遷されたフロイスはついにイエズス会総長に泣き言の手紙を書く。そして棄教した千々石ミゲルとの往復書簡があり、そして「日本26聖人殉教」の報告でもってこの書簡集は終わる。
真面目な顔してかたるフロイス像やヴァリニヤーノ像が実に個性的で、ユーモラスなのである。しかもあの時のキリシタンの置かれた歴史的な位置や宣教方針の違いなども読み込んでいる。井上ひさし文学の面目躍如というところだと思う。