私はこの本を今から45年ほど前高校1年だったころの夏休みに読んで読書感想文を書いた。そのためかだいたいのストーリーは覚えていた。
舞台は長崎。「島原の乱が片づき、つづいて南蛮鎖国令が出てのち、天文18年以来の百余年の長きにわたり、2千人以上の殉教者と3万数千人の被刑者とを出して、なお執ねく余炎をあげていた切支丹騒動なるものは一段落ついたようにみえた」ころである。全国の津々浦々に切支丹禁制のヒノキの高札がいかめしく立てられていた。
長崎の古川町に萩原裕佐という南蛮鋳物師がいた。彼は以前モニカという女性に恋をしていたが、彼女が切支丹であるがゆえにその恋は実らぬ恋と終わった。
裕佐はモニカとどこか似た面影をもつ君香という遊女のいる遊郭へと通うようになる。この遊女も元は切支丹だったらしい。
そんなとき裕佐のもとへ沢野忠庵(背教者フェレイラ)があらわれ、裕佐に切支丹に踏ませるための踏み絵を青銅で作って欲しいと頼まれる。
裕佐はあいまいな返事をしていた。が、偶然会ったモニカの弟吉三郎にその年のクリスマス(ナタラ)の集いに誘われる。
裕佐が集いに参加しているときに、沢野忠庵と役人に踏み込まれてしまう。裕佐はキリシタンたちを守ろうとして役人に「おれはこの仲間のかしらだ! 捕まえるならおれを捕まえろ!」と叫んでしまう。
結局それが引き金となって、裕佐は踏み絵の製作を引き受ける。
完成した踏み絵があまりに神々しく素晴らしいものであったがゆえに、裕佐が切支丹であるとの嫌疑を受け捕まって奉行に尋問される。
それまで踏み絵を踏んでいた切支丹も、この青銅のキリスト像は踏むことができなかった。そのなかにあのモニカと君香がいた。更に裕佐も自分の作った青銅のキリストを踏めなかったのである。
モニカは殺される前に裕佐に「あなたはやはり信心をもっていらしたのですわね」というのだが、それは誤りであった。萩原裕佐は最後まで決して切支丹ではなかったのである! 彼はただ一介の南蛮鋳物師にすぎなかったのである。
あらすじはこんな感じである。
実はこの話は、実際にあったことらしい。寛文のころ長崎古川町に萩原という南蛮鋳物師がいたこと、そしてその踏み絵が神々しくできすぎたために信者とあやまられて殺されたことは事実である。
著者はクリスチャンではない。だが、この「事実」は長与善郎の創作意欲を刺激した。裕佐が青銅のキリスト像を造ることを決意したように、長与はこの短編小説を書こうという気になった。
高校生のころ書いた感想文でどんなことを書いたのかは覚えていないが。あの時に感じたことといま感じたことはおそらくよく似ているのではないかと思う。あの感想文をぜひもう一度読んでみたくなった。