アティスが小アジアのリディアの王であった約3000年前のこと、甚大な食糧不足が王国を襲った。人びとはそのうち豊作の時期がやってくるだろうと希望を持ち、しばらくはさほど不平を言わずに事態を受け入れた。しかし、事態は好転せず、リディア人はこの問題に対処するために、ある奇策を考えた。飢饉を乗り切るための計画として、一日はゲームに没頭して空腹を紛らわせ、その翌日は食事をしてゲームを控えることにしたのだ。この方策でかれらは16年を耐え抜き、その間にサイコロとナックルボーンズ(骨付きお手玉)とボール、そして原題に通じるゲームを考案したのだ。
ヘロドトスの「歴史」という書にでてくる話である。
リディアという国はBCの6世紀までトルコ半島に存在した実在の国である。この国が世界史に登場するのは、初めて貨幣をつくった国としてである。
この地が世界史上に登場するのは、前14世紀頃鉄製の武器を使っていたヒッタイトという国が存在したことによってであり、また前3世紀頃に存在したペルガモンという王国もこの地の国家である。ペルガモンにはアレクサンドリアに匹敵するような図書館があったが、エジプトは紙の原料となるパピルスの輸出を止めて、この図書館に対抗しようとした。そこから生まれたのが羊皮紙であった。
これらの歴史は、この地にすむ民の文化の高さを浮き彫りにしている。
この地の人びとが、鉄製の武器をつくり、サイコロをつくり、お手玉をつくり、そして貨幣を造り、さらに羊皮紙をつくり出したというのは、どこか相通ずるものがあるように思えるのである。
さらにこの書の終わりに、以下のように書かれていた。
サイコロゲームを18年続けた後、彼らは飢饉がまだ終わりそうにないことに気づきました。悲惨さから目を背けてただ待っているだけでは、この飢饉を生き延びられないだろうと彼らは悟りました。立ち上がって問題に直接取り組むことが必要だったのです。
そこで彼らは皆で最後のゲームをすることにしたのでした。
王国の住人が半々に分けられ、どちらかの半分がリディアにとどまり、どちらの半分がもっと暮らしやすい土地を求めて旅立つかがくじ引きで決められました。
リディアの食糧生産は、半分になった人口をはるかにたやすく養うことができました。
一方新しい土地を求めて旅立ったリディア仁たちはヘロドトスによれば、現在のイタリアのトスカナ地方に住み着いて繁栄し、きわめて高度なエトルリア文明をつくりだしました。それがローマ帝国にうけつがれていくのです。
「え〜っ。ほんとかな〜」というような話であるが、ヘロドトスの『歴史」に書かれている話しである。
マクゴニガル女史が、このリディアの話を「はじめに」でして、そして「おわりに」でもまたこの話の続きをしているところがじつに巧妙だといわねばならないであろう。「ゲームが世界を救う」という本のテーマに全くぴったりの歴史的秘話なのである。
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