2013年12月03日

マザーテレサの「人生は………」

FBで回ってきたマザーテレサの「人生は………」をシェアします。

JinseihaMT

英語版も見つけました。
Life is an opportunity, benefit from it.
Life is beauty, admire it.
Life is a dream, realize it.
Life is a challenge, meet it.
Life is a duty, complete it.
Life is a game, play it.
Life is a promise, fulfill it.
Life is sorrow, overcome it.
Life is a song, sing it.
Life is a struggle, accept it.
Life is a tragedy, confront it.
Life is an adventure, dare it.
Life is luck, make it.
Life is too precious, do not destroy it.
Life is life, fight for it.


私は「人生はゲーム 楽しみなさい」と「人生は冒険 いどみなさい」というのが好きですね。
最後の
「人生は人生 立ち向かいなさい」という所の英語は「Fight for it。」となっているところがちょっと気になります。
「そのためにたたかいなさい」というのであって、それとたたかいなさい」ではないですよね。

あなたはどのフレイズが好きですか?

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2013年04月11日

ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5

前に「あと24時間のいのちだったら」ということを考えた授業のことを報告したことがあるが、こちらは「ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5。

それによると、死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」

 私の場合は、どうなるかな? 
 う〜ん。おそらく上記の5のいずれも私は後悔しないのではないかと思った。ここに書かれていることは、ずいぶんしてきたつもりではあるので、悔いはそうない。
 後悔するとしたら、案外「あの時これをしておけばよかった」「もっと英語を自由に話せるように勉強しておけばよかった」「なにか楽器を弾けるようになればよかった」とかいう後悔が多いのではなかろうか。

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2013年03月22日

「Take&Masa 音楽紀行」に行きました。

3月17日(日)湯河原での集まりの後、東京高田馬場でうちあわせをして、そのあと小平のルネこだいらで開かれた「Take&Masa 音楽紀行」のコンサートに行きました。清子さんとSIGNIS の仲間たちと総勢6人で行きました。
聞いている人は20名くらいの小規模なコンサートでしたが、とても楽しいコンサートでした。こういう音楽の楽しみ方があるんだと身を乗り出して聞いていました。
うちの教会のクリスマスチャリティコンサートに招待できたらいいなと思いました。

このコンサートについてはここに紹介されています。
タイトルが「音楽紀行」とある通り、いろいろな国を旅しながら音楽を聴いているような感じでした。

出演者は3人でした。
ヴォーカルのTakeさん、この人は英語の先生で翻訳家みたいですね。でもアメリカでヴォイス・トレーニングを受けて声楽を志されたようです。ヘンデルのラルゴからスペイン民謡『追憶」「ラマンチャの男」から「見果てぬ夢」「蘇州夜曲」「見上げてごらん夜の星を」「胸の振り子」「川の流れのように」までとても楽しく聞かせてもらいました。

Masaさんこと福田真顕さん、この方はピアニストです。会場の参加者から3つの音をランダムにもらい、それを中心にピアノを弾いてしまうという離れ業を演じていました。ちなみにこの日会場からいただいた3つの音は「ファ」「ド」「ラ♯」でした。それからラフマニノフの「鐘」という前奏曲の説明が良かったです。鐘の音の余韻をピアノで弾くという感じでしたこの人のラフマニノフピアノ協奏曲を聞いてみたいです。

もう一人は安富しげよしさん。この方はアメリカ史研究者で、現在大学教授。つまりプロの音楽家ではないのですが、なかなかいい味を出していました。

このコンサートの音楽の楽しみ方のひとつは、比較して聞くことです。
Masa さんのひかれたピアノ曲に、ショパンの「別れの曲」と「革命」というふたつの対照的な「エチュード」がありますが、これを比較して聞いてくださいというのです。
あるいは、服部良一さん作曲の「胸の振り子」と「蘇州夜曲」の共通点はどういうところにあって、どういうイメージが浮かぶかを意識して聞いてくださいという説明もありました。
また「美空ひばりの歌として有名な「川の流れのように」は、作詞家の秋元康氏がニューヨークのイーストリバーでこの詩の言葉を作詞しているのですね。皆さんのイメージから美空ひばりさんや演歌のイメージをまったく取り去って、ニューヨーク市内の川を思い浮かべてくださいというのです。」味わいが違ってくるはずです。

こういう楽しみ方は、音楽のプロだとしないだろうなという楽しみ方でした。

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2012年12月15日

「決める」という字はなぜサンズイなのか?

毎日新聞の木曜日の広告欄に載っている「心のサプリ」という軽い詩は、以前にも紹介したことがある。
その11月19日文には次のような詩が載っていた。

決めるということ

小学生の頃 国語の授業で
「決める」という字を習ったときに
「なぜ水と関係ないのにサンズイなのですか?」とたずねた子がいた。
もの静かでセンスのいい女の子であった。
「いい質問ですね。調べてみましょう。」
担任の声でいっせいに
シャラシャラと辞書をめぐる音が
かわいた秋の教室にひびき
「川の堤防が切れるっていう意味があるぞ!」
と誰かが叫んだ瞬間を
この季節いつも鮮やかに思い出す。
決めるということは
字の由来からして
それだけでじゅうぶん劇的なのだ。

私も漢和辞典で「決」を調べてみた。

1.キメル 定める 分ける 判別する 
2.キマル 
3.キメ 取り決め 
4.きれる こわれる 決壊

4番目にありました。これだなと思いました。
でもこれってどうしてなんだろう。ちょっとふしぎな漢字でもある。

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2012年12月07日

ワンネス、ウィネス、アイネス

ワンネス、ウィネス、アイネスという言葉を知っていますか?
11月24日の「カトリック学校教員養成塾」で、講師の加勇田先生から教わりました。カウンセリングの言葉だそうです。

実存主義心理学者のムスターカスの理論で、教育現場にもっとも適したリレーションづくりの理論と技法である。

ワンネスは「being in」つまり人の内的世界を共有しようとする姿勢のことで、相手が喜んでいるときにはこちらも明るい気持ちになり、相手が悲しんでいるときはこちらも気持ちが重くなるというように、相手の内的世界を共有しようとする姿勢である。

ウィネスは「being for」つまり人の役に立つことをしようとする姿勢であり、われわれ意識、身内意識、見方意識ともいうべき意識である。具体的な主な行動は「愛でる」「リフレーミング」「行動」の三つである。

アイネスとは「being wuth」人とは違う自分を打ち出そうとする姿勢である。
具体的には自己開示、自己主張の二つがある。「私メッセージ」で語ることでもある。


カウンセリングにはこの3つの態度がたいせつであり、これは学校の生徒指導でも同様であるといわれました。
なるほどととても納得がいく考え方だと思いました。

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2012年05月30日

凹凸という漢字の書き順がわかりますか?

東洋鍼灸学校の講師控え室にこんなものがはってありました。
凹凸の感じの書き順です。正しく書けますか?
辞書によって書き順が違うということに気づいた人もいます。

問1 そもそもこれは漢字なのでしょうか?
当用漢字ではありませんが、漢和辞典には載っています。
問2 漢和辞典のなんの部首のところにありますか?
「はこがまえ」というのかな? 「凶」や「函」のしたのつくりです。
問3 何画でしょうか?
「もと3画」で「4画」とも「5画」ともかいてありました。
問4 「凹凸」というのは「おうとつ」と読みますが、では「凸凹」は?
「でこぼこ」なのだそうです。
問5 「でこ」と「ぼこ」とではどちらが出っ張っていて、どちらがへっこんでいるのでしょうか? 「おう」と「とつ」はレンズのおかげでわかりますが………。

「でこ」がでっぱっていて、「ぼこ」がへこんでいるようですね。

答えは「問」の次の行をドラグしてみると出てきます。「白」い字で書いたもので………。

調べていくと「だくぼく」という読み方もあったらしいことを発見します。今はまったく聞かれなくなったが、「あせだくだく」という表現にのこっているらしいです。

こういうものが何気なくはってあるこの学校がなかなか気に入っています。
おかげで一つおりこうになりました。

こちらにもあります
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2012年05月02日

「増上慢」と「卑下慢」そして「我慢」

「ゾウジョウマン」と「ヒゲマン」という言葉を聞きました。ちょっと面白い言葉だったので調べてみました。
「マン」は英語の『人』だとばかり思っていたのですが、違いました。「慢」という字です。あの「高慢ちき」の「慢」でした。

もともとは仏教用語です。ここにはこんな風に説明がありました。

仏教で説く煩悩の最大の根元とは三毒という名を持つ『貪瞋痴(とんじんち)』貪(むさぼり)瞋(いかり)痴(おろかさ)です。この煩悩を詳しく示せば、貪瞋痴慢疑悪見です。1.貪(とん)2.瞋(じん)3.痴(ち)4.慢(まん)5.疑(ぎ)6.悪見(あくけん)とは1,(むさぼり)2.(いかり)3.(おろかさ)4.(のぼせ・おもいあがり)5.(うたがい)6.(あやまった見方)です。
この、4番目の「慢」をさらに分類すると
 1.高慢(自分の方が上だと思う)
 2.過慢(同上とほぼ同義)
 3.慢過慢(相手が上であっても同等だと思う)
 4.我慢(自分の考えは正しいという思いあがり)
 5.増上慢(悟った、極意を得たという思い上がり)
 6.卑下慢(劣等感に落ち込む)
 7.邪慢(自分には徳があると思いこむ)  
の七種です。


 この説によれば、「我慢」というのは「おごりたかぶること・自分を偉いと思い他人をばかにする」という意味がありますから、我慢しているというのは自分の思いを素直に表現できずに自分の心を偽っていることになり、イライラや怒りを溜め膨らませる要因になるということなのですね。
 「卑下慢」というのも「慢」つまり「おもいあがり」というのも興味深いところです。つまり「慢」というのはありのままの自分を認めようとしないことなのでしょう。
 この「慢」の反対になる言葉はなんでしょうか? 「謙遜」の「謙」の字か、「遜」の字でしょうか? ところで「遜」という字は何て読むのかな。「へりくだる」でしょうか。「へりくだる」で漢字変換すると」「謙る」も「遜る」もでてきます。

こちらにもあります
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2012年04月11日

虹はなんで虫ヘンなのか?

東洋鍼灸専門学校での授業の時、いつもの「あ、虹だ、虹が出ている」というGood News の話をして、「ところで虹ってなぜ虫ヘンなのか?」ときいたら、さすがに東洋医学を学んでいる学生です。
「昔中国では動くものはみんな「ムシ」と呼んでいたのだそうです。人間も『ハダカムシ』と呼ばれていたんですよ。虹は空を上るにじいろの龍と考えていたのですね。」と答えてくれた学生がいました。
帰ってきて、さっそく「ハダカムシ」で調べてみたら、「1 羽や毛のない虫。また、特に、人間のこと。」とありました。
それで感動してしまいました。すごい!

ところで、虫ヘンの漢字読めますか?

蜥蜴  蚯蚓  蝙蝠   牡蠣  浅蜊  栄螺  蜆   蛤    蛞蝓
とかげ みみず こうもり かき  あさり さざえ しじみ はまぐり なめくじ

蛙   蠍   蜘蛛   蛸   蝮   蝦   蛆   蛭    蝸牛
かえる さそり くも   たこ  まむし えび  うじ  ひる   かたつむり

答えは漢字の下をドラグしてみてください。白色で答えのふりがなが書かれているのでドラグすると答えが出てきます。

昆虫でないのに虫偏という漢字は結構ありますね。

また疑問にぶつかった。
「風」や「嵐」はなぜ虫なのでしょうか? ほんとに不思議ですね。これも何かいわれがありそうです。風は虱(しらみ)の仲間なのかも。

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2012年04月04日

「それ、TBSがやります」をハッタリにしてはならない。

それ、TBSがやります.
みなさんが望む「それ、」を「ユメ」で終らせない。そんなテレビ局をめざしてゆきます。
ずっと観たいと思っていた「それ、」。
どうしても知りたかった「それ、」。
想像するだけでワクワクしてくる「それ、」。
心から感動できる「それ、」。
視聴者のみなさんが望む「それ、」を「ユメ」で終わらせたくないから。
めざすは、そうそう「それ、」をまってたんだ!と、うなずいてもらえる、
かゆいところにサッと手が届くようなモノ創り。
「それ、」TBSがやります。


3月31日の朝日と毎日の朝刊にこんな全面広告があった。
こういうのを「潜在的ニーズに応える」というのかな。
TBS はほんとうに「それ、」を分かっているのか?
そして分かっていたとしても本当に「それ。」に応えられるのか?
先ずはお手並み拝見と行きたいところだが、「誇大広告」にならないことを願っている。
よい「広告」であればあるほど、それが商品からかけ離れて「誇大広告」になってしまうという広告の宿命から、解放されるのかどうか?

こちらにも Good News がいっぱい



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2012年03月22日

「までい」というステキなことばを知りました

「までい」という福島県のことばはステキな意味を持っています。

”までい”とは・・・ 「真手(まて)」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味。それが転じて、手間ひま惜しまず丁寧に心をこめて つつましく という意味で現在では東北地方で使われている方言です。


特に福島県飯舘村が震災前からこのことばをスローガンに町づくりをしてきたとのことです。そのHPによればこの村は「までいライフ宣言(the Declaration of MADAY LIFE)」をしていて、MADAY というのは MOTTAINAI と同じように国際語になっているらしいです。

その宣言は次の5つからなっています。

宣言1 人と地域の繋がりを“までい”に
宣言2 からだと大地を“までい”に
宣言3 家族の絆を“までい”に
宣言4 「食」と「農」を“までい”に
宣言5 人づくりを“までい”に


ね、いいことばですね。この震災がこんなステキなことばを発掘してくれました。

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2012年02月22日

Good, Fast and Cheap -仕事の3つのタイプ

アメリカフロリダ州オーランドのスーパーでこんなパネル(下敷きかも)を見つけた。そこに書かれたメッセージがいかにも英語的でおかしい。



We do Three Types of Jobs Here....
Good, Fast and Cheap
You May Choose Any Two

If it is Good and Cheap, It Will Not Be Fast.
If It Is Good and Fast, It Will Not Be Cheap.
If it is Cheap and Fast, It Will Not be Good.

わたしたちはここで3つのタイプの仕事をしている………
よい、はやい、やすいの3つである。
あなたはこのうち2つを選ぶことができる。

もしもそれがよくて安いならば、それは速くないにちがいない。
もしもそれがよくて速いならば、それは安くないにちがいない。
もしもそれが速くて安いならば、それはよくないにちがいない。


日本語にしてしまうとおもしろさが半減してしまうが、英語だとそのおもしろさが伝わってくるのである。類推と対比の妙であろうか。

こちらにもあります



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2012年02月15日

God Bless the Whole World! No Exceptions!



フロリダ州オーランドのスーパーで見つけたステッカーです。これをみてアメリカはたしかにキリスト教国だなと思いました。

God Bless the Whole World! No Exceptions!
神は世界のすべてのものを祝福されている。例外はない。
神はつくられたすべてのものを祝福している。例外はありません。


こう言い切ることができるのは、信仰ゆえでしょうか。

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2012年02月11日

tagxedo というクラウドなデザインツール

IC2012 でフロリダに行ったときに教わった文字のデザインツールです。tagxedo といいます。自分で文字や言葉を選び、また抜き型を指定することができます。こういうのを作ります。



これを漢字を使ってやってみたら、何とかできるのですが、熟語はバラバラになってしまいます。でもひらがなは分解されないみたいですが………。
英語だとフォントはいくつか選べるみたいですが、日本語は選べないようです。



これって何に使うんだと言われると「う〜ん」なのですが………。

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2012年01月18日

「みずくさい」という言葉の関西と関東

先日、関東と関西の文化の比較の話しをしていたら、関西出身で今はこちらで生活している神父さんがこんな話しをしてくれました。

「みずくさい」という言葉があるけれど、関西では「味が薄い」とか「だしがきいていない」とか「みずっぽい」とかいう意味で使われる言葉なのだけれど、関東では「他人行儀だ」とか「よそよそしい」とかいう意味で使われているんだね。関西では「他人行儀」とかの意味ではほとんど使われないし、関東では「味が薄い」という意味ではほとんど使わないよね。


すかさず、わたしがこう付け加えました。

 なるほどね。関東風の意味だと「おれとおまえはもっと関わりの濃い関係だったのではないか、そんな関係じゃなかったはずだ」というような言い方となり、関わりの薄さを嘆くという意味ではやはり「みずくさい」ということになるんだ。
 これは「大発見」のブログものだな。


というわけで、このブログに登場しました。
この「関西と関東」という文化の違いに関するテーマは、いつもなかなか盛り上がります。とくに両方の人がいるとよけい盛り上がります。
このときは、他に「うどんとそば」「なっとうととうふ」「かきごおりのよびかた」「アイスコーヒーとレイコー」などの話が出ました。

関西では「きつね」はうどん、「たぬき」はそばなのに、関東ではそば屋のメニューに「きつね」のしたに「そば・うどん」とかかれ、たぬきの下に「そば・うどん」と書かれてどちらの組み合わせもありなんですね。きつねそば、たぬきうどんは関西にはなかったのです。


という話なのですが、関西のかたいかがでしょうか? 今でもそうですか?

こちらにもあります


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2012年01月17日

与えるとき人は「絆」の中に立つ

 私は曽野綾子という作家は保守的すぎてどうも好きになれないのだが、正月の産経新聞の記事に書かれたことには、大いに賛同する。彼女もなかなかいいことを言うと思うようになったのは、私も年取って考え方が保守的になったということかもしれないが………。
 その記事は、昨年大震災を機に「絆(きずな)」という言葉がもてはやされるようになった状況に苦言を呈している記事である。抜粋してみよう。

 (むかしは)あらためて絆などと言わなくても、生きると言うことは濃厚な絆のただ中にいることだった。地震や津波を体験したから、その大切さに気づいたというのでは遅すぎる。
 絆の第一歩は、年老いた親や親戚縁者や友人を、災害の時には引き受けるということだろう。そもそも絆の基本は、親と同居することだ。自分にとって頼りがいのある人との関係を持つことが絆というのだと考える人がいるとしたら、それは功利以外の何ものでもない。
 ………………………………
 人間にとって故郷とその絆は、懐かしくもあり、うっとうしくもあり、悲しくもあり、胸うずくものでもある。日本人だけではない。どの民族も同じような矛盾を感じている。絆はなくなってみると悲しく、結ばれている間は辛いときがある。その双方の思いを受け入れるのが絆なのだが、最近の絆への思いは「ご都合主義」の匂いがしないでもない。
 絆はそれによって得をするものではない。相手のすべての属性を受け入れるということである。
 ………………………………
 絆は、むしろ苦しむ相手を励まし、労働によって相手を助け、親切に語り、当然金銭的な援助さえするものである。受けるだけの関係など絆ではない。むしろ本当の絆の姿は、与えることなのである。自分が与える側に廻ることを覚悟するとき、人は初めて絆の中に立つ。
 ほんものの絆は、相手のために傷つき、血を流し、時には相手のために死ぬことだと私は習った。………………絆は自分の利益のために求めるものではない。むしろ自分の安全や利益などを捨てたときに、人間は絆の深さを示して輝くのである。
 私たちはいつのまにか、ごく普通にコンピューターの画面の中だけで世界や人間を知ったつもりになっていたが、これからは生身の人びとのまっただ中に自分を置き、そこから学ぶという姿勢を知るべきなのだ。それは多くの場合、決してきれいごとでは済まない。摩擦、対立、相克、忌避、誤解、裏切り、などあらゆる魂の暗黒を見せつけられるが、その苦悩の結果として、深い連帯感という幸福の配当も受けるものである。
 私にとっては、物心ついてから今まで、濃厚な対人関係こそすべての歓びと苦悩の種だった。私の廻りは常に絆だらけで、私はそれが。良くも悪くもある人生そのものだと考えて生きてきた。テレビの画面でヴァーチャル(現実に対して架空)な、従って薄っぺらな人生だけしか見てこなかった人たちの意識を、悲惨な地震と津波が濃密な現世に引き戻したとしたら、それは我々の人間性復活のための大きな贈り物と考えたい。


 引用が長くなったが、こういう論調である。いかにも産経や読売好みの保守的な論調であるが、でも「絆は与える側に廻ることを覚悟するとき、人は初めて絆の中に立つ」ということは真理だと思う。
 前に曽野綾子を引用したら、厳しいコメントを寄せたかれが再び厳しいコメントを書き込むかもしれないが…………………。

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2012年01月15日

今求められるジョブズのような「ビジョナリー」

2012年1月4日の朝日新聞に「指導者交代の年 国際社会の構想を競え」という社説が掲載されていた。
今年はアメリカ、ロシア、中国、韓国などかなりの国で指導者の交代があるかもしれない年である。その新しい指導者に求められる資質として、こんなことが書かれていた。



 世界が必要としているのは、沸騰する国民感情に迎合する甘言ではない。歴史の転機にふさわしい共存の論理であるはずだ。
 ………
 新しい秩序は、力だけでは生まれない。あるべき世界の姿を描く論理が不可欠なことを歴史は示している。
 昨年亡くなったアップルの創始者スティーブ・ジョブズは「ビジョナリー」と呼ばれた。
 未来を予見し、構築する人という意味である。魅力的なアイディアを新しい商品に具現化し、人びとの心をつかんだ。
 領域は違うが、世界の指導者に求められるのも、同じ資質ではないだろうか。
 地球上のどこに住もうとも、人びとが求めるものがある。
 人間らしい最低限の生活、言論の自由、人種や宗教で差別されないこと、戦争や暴力で命を奪われないこと。
 どの国の人びとも、自分たちの力だけではそういう目標が達成されないこと、世界の運命が分かちがたく結びついていることを知っている。
 人びとのこうした願いをたばねて、新しい国際社会の構想を示す必要がある。
………
 欠けているのは、こうした目標に向かって進むべきことを、魅力的な言葉とわかりやすい論理で説明し、国民を説得する指導者の力なのである。
 それが政治で求められるビジョナリーではないか。
 今年、世界の選挙や指導者の交代で、そういう構想を競い合ってほしい。


この「ビジョナリー」という言葉を初めて知った。ネットで調べてみるとこんな説明に出会った。

 ビジネス分野におけるビジョナリーとは、先進的・独創的なビジョンを現実化し、社会に大きな影響(貢献)をした経営者のことである。つまり、現存する市場や商品、サービス、技術を駆使して経営するのみでなく、新たな市場や商品、サービス、技術といったものを模索〜具現化することで成功し、更にそれが社会的にも影響力を与え、尊敬される経営者である。


 こういう企業をビジョナリーカンパニーとも言われている。スティーブ・ジョブズはまさにこういう人物であった。
 私もこういう人物にはずっとあこがれてきた。そして私自身がそうなりたいと思ってきたわけであるが、これがなかなか。

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2012年01月07日

このままだと、ずっとこのままかもしれない

このままだと、ずっとこのままかもしれない

電車の車内広告で見つけたコピーです。
さてこのコピーはなんの広告でしょうか?
いつかはしなければならないと思いながらもなかなかできないことです。

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2011年12月07日

祈り→信仰→愛→奉仕→平和  マザーテレサの名刺のことば

母の葬儀をお願いしたのは、愛光式典という「福音宣教」誌の編集長「りゅうちゃん」のいとなむ葬儀屋さんでした。7年前の父の時もお願いしました。
父の時もそして今回も病院からの搬出を深夜にお願いしなくてはならなかったのですが、いずれも快く対応していただき、とてもありがたく思っています。
おかげで会葬されたかたがたからとてもいい葬儀でしたと感謝されました。

ところで、会葬礼状もりゅうちゃんに頼んだのですが、会葬礼状の冒頭のことば(普通は聖書のことばをいれる)にあえて「マザーテレサの名刺のことば」を入れてもらいました。
次のようなことばです。

沈黙の実りは祈り
 祈りの実りは信仰
  信仰の実りは愛
   愛の実りは奉仕
    奉仕の実りは平和


このことばはつい最近読んだ「カトリック生活」誌2011年12月号に「いのり・ひかり・みのり」の連載第1回の記事の中に見つけたものです。著者は中井俊已氏。

このことばのすごいところは「沈黙→祈り→信仰→愛→奉仕→平和」という「実り」の順序です。この配列にさすがマザーテレサだと感じるのです。
とくに「沈黙」が一番先で「平和」がもっともあとなのですね。普通だと「平和」は一番先に来るかあるいは「沈黙」の次に来るかです。ところがこれが違うのです。
この順序はよくかみしめてみると大きな意味を持っていると思います。
よくかみしめてみてください。

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2011年09月06日

被災者を励ますつもりが傷つけていることば

被災地にボランティアで行っていた友人がこんなことを紹介してくれました。

被災者たちを励ますつもりでいったことばが、実は傷つけていたという言葉集です。



●がんばれ
●あなたが元気にならないと亡くなった人も浮かばれないですよ。
●泣いていると亡くなった人が悲しみますよ。(悲しいときには泣いてもいい、元気をうしなっていいという原則が守られていない。「喪失」がきちんと扱えていない。よくいわれることばだがたくさんの問題が含まれている)
●命があったんだからよかったとおもって
●まだ、家族もいるし、幸せな方じゃないですか。
●このことはなかったこととしてやりなおしましょう。
●こんなことがあったのだから将来はきっといいことがありますよ
●思ったより元気そうですね
●わたしならこんな状況は耐えられません。私なら生きていられないと思います。
(しっかりしているとほめているつもりでいわれていることが多いのだが、おめおめと生きている自分を非難されたと感じる人が多い)



これをみてどう思いますか?
とくに「がんばれ!」という言葉がやはり問題です。みんな充分にがんばっているのに、これ以上がんばれというのかよ、っておもわれるのだそうです。

どこかに、この言葉を言われたときがもっとも励まされたという言葉集がないものでしょうか?
そちらの方が集めるのが難しそうですね。

前に紹介した「復興の狼煙」ポスターは、被災地の人たちから私たちが受けた最大の励ましと希望のメッセージのような気がします。
たとえば
「此処でなきゃ駄目なんだ」
「これからを取り戻す旅」
「余計な言葉は無くていい」
「あの日と闘い続けていく」
「忘れたいけど覚えておく」
いずれも瓦礫の街を背景にして人びとが笑顔で立っている写真のポスターに、ひとことのメッセージが書かれています。

その後も続いて第2集、第3集と刊行されています。
そういえばこの前浜松に行ったときに、このポスターが店の前に貼られているのを見て感動しました。

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2011年07月14日

平松洋子さん「小鳥来る日」の小躍りしたくなる筆致

前回に続き、平松洋子さんの「小鳥来る日」からの長い引用。

今回は「だから雑巾縫いはやめられない」というタイトルの記事。

 ミシンに比べると手縫いはとてもいい。手、指、針、糸、布、全部に一体感がある。五者は雑巾を縫うという目的のもと、けなげな運命共同体となる。とはいえ、ミシンもろくに使えない者にできる芸当はひとつしかない。直線縫いだ。(威張る気分になっている所が我ながら情けない)
 針は長くて太い縫い針、糸はしっかり撚りのかかった木綿の白糸。まずいきなり山場が来る。針の穴に糸の先端を通すとき、忍耐の末の達成感がたまらない。糸がすーっと通過した瞬間、針を握ったまま快哉を叫びたくなる。
 直線縫いは勝手気ままで単純なのがいい。だから雑巾縫いがいちばん。温泉でもらうようなただの白いタオルを、両手を広げたくらいの大きさに折りたたむ。手始めに周囲の縁をぐるり縫い、次に左右を対象に分ける中心線、次に対角線。最初はただのタオルだったのに、針が刺しこまれるたびに生地が合わさっていき、直線の重なりが三角や四角の幾何学模様を浮かび上がらせる。ただのタオルだったのに、自分の手のなかで着々と雑巾に近づいてゆく。
 わくわくすることは、まだある。休息もせずひたすら運動する針、これがすばらしい。表へ顔を出す、裏へ消える、また表へ現れる、消える、上下の世界を往復するようすは見ていてちっとも飽きない。しかも、そのあとを木綿糸が黙々とついて従う。終始無言。けなげ。文句も不平も言わず、逆らいもせず、兄に手をひかれて歩く妹のようにただ針を追う風景に感じ入ってしまう。
 じつは、もっとも声を大にして言いたいのはこれだ。すっからかんの無心。ちくちく、ざくざく、ひたすら直線縫いをしていると、あら不思議、いつの間にやら没我の境地。頭の中の雑事をひと針、ひと目が吸い取ってくれて爽快極まりない。だんだん手が止まらなくなるのだが、縫い目が歪んでも曲がっても、知ったこっちゃない。針を刺しこむたび雑巾にふさわしい強度が備わってゆくのも痛快だ。白い生地と白い糸がないまぜになってしあがった一枚の雑巾は、晴れて山頂に登り切った気分。
   (2011年7月3日毎日新聞日曜くらぶ「小鳥来る日」)


またまた長文を打ち込んだ。ふ〜っ。でもこの人の文は打ち込んでいても苦にならない。楽しいのである。
この文章を何と表したらいいのか。読んでいて胸が躍るような、うれしくて舞いあがりたくなるような、誰かれ構わずみんなにこれ読んで読んでと薦めたくなるようなそういう文である。
とにかくこの文を読んだ時の気持ちを表現する言葉をどなたか教えてくれないか。

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posted by mrgoodnews at 15:37| Comment(2) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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