2010年08月05日

これはおとうさんのぶんの食前の祈り

友人の息子は食前の祈りを2回となえたそうです。おとうさんがまだ洗礼を受けることを拒否していて、食前の祈りもガンとして一緒に唱えませんでした。だから息子が「この祈りはおとうさんの分」といって2度同じ祈りをとなえたということです。

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2010年07月15日

「くじけないで」柴田トヨ記念特製カレンダー

横浜ノースポートモールの書店アカデミアにいって、無料で手に入れられる出版社の抱いている小冊子をいくつか手に入れた。
たとえば、
「みすず」みすず書房
「UP」東京大学出版会
「本とも」徳間書店
「scripta」紀伊國屋書店。
それとともにおいてあったのが、
「くじけないで」柴田トヨ記念特製カレンダー
であった。

そのカレンダーの裏にこんなことが書いてあった。

産経新聞の「朝の詩」の投稿者として」一番人気を誇る柴田トヨさん。腰を痛めて趣味の日本舞踊が踊れなくなり気落ちしていたとき。息子の賢一さんの勧めにより詩作を始めました。その際90才を過ぎていましたが、「朝の詩」に初めて掲載されたときの感動が忘れられず、白寿を迎えた今も前向きに投稿を続けています。


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2010年05月27日

亡きあの人に手紙届けます

 5月8日の朝日新聞「五線譜」というコラムに「亡きあの人へ手紙届けます」という記事があった。

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2010年05月25日

ウィーンの小学校の朝の祈り

愛する神さま、」私たちが愛しているすべてのものに対して感謝します。私たちの愛する両親、美しい花々、そして動物たち………世界に対して感謝します。………そして何よりも“わたしがわたしである”ことに対して感謝します。

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2010年04月09日

そういえば高石かつ枝はクラスメートだった。

 そういえば、高石かつ枝は、実は私の小学校の同級生だった。彼女の家は京急の追浜駅の商店街にある小さなアクセサリー店だった。小学生の時から山崎宏子という童謡歌手として活躍していて、新しく作られた追浜小学校の校歌も彼女が歌っていた。
 記憶によればたしか小学3年生の時に、一緒に学級委員をしたのではなかったか。

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2010年04月07日

あのときの本間千代子がよみがえる

 YouTubeで「17才は一度だけ」を見ていたら、あのころのアイドルたちの映像や歌がたくさん出てきた。

 あのころ私が胸ときめかせたアイドルといえば、一番はやはり吉永小百合であろう。つづいて本間千代子、高田美和、そして高石かつ枝である。いずれも「純愛歌手」とか呼ばれていて、日曜日午後の玉置宏が司会する『ロッテ歌のアルバム』によく出演していた。吉永小百合以外はほとんど消えてしまっている。

 本間千代子もそんなアイドルであった。たしか守屋浩と結婚したが、わかれてその後ひのきしんじという人と再婚したとか、書かれていた。

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2010年04月02日

「17才は一度だけ」高田美和の映像を発見

YouTube ってすごいなって思った。
 私が十七才の頃好きだった女性アイドル歌手の歌が映像とともに残っていることを発見したときに、胸がときめいて、繰り返し繰り返し見て聞いてしまった。
 なぜ十七才なのかといえば、わたしが十七才だったときに十七才を歌った歌が鮮明に今でも残っているからである。一つは西郷輝彦「十七才のこの胸に」もう一つは高田美和「十七才は一度だけ」。この二曲ともにカラオケにはなかった気がするが、それをYouTube で発見したのだ。

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2010年03月13日

「ことばのサプリ」という橋出たよりという人の詩

毎日新聞に「もぎたて情報畑 さくさく ことばのサプリ」というタイトルで、詩・橋出たより 画・松本剛という人の記事が時々載っています。
この人の詩は、現代詩の難解さや、カッコ付けもなく、とても軽快ですなおでわかりやすくていいと思います。
ちょうど「サプリメント」が体の必須栄養素を補うように、心の栄養素を補ってくれるような感じがするので、「ことばのサプリ」というのはなかなかよくできた表現です。

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2010年02月03日

「淡麗」の電車内広告のメッセージ

 京浜東北線の車内広告(中吊りではない、ドア横の壁にあった)に「端麗」の広告があった。
 ここに出ているメッセージコピーが気に入った。

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2009年12月30日

「クリスマスの夜」 高村光太郎

 高村光太郎の詩に「クリスマスの夜」という詩がある。これがなかなかいいのである。どういうところがいいか、じっくりと読み込んでほしい。

クリスマスの夜 高村光太郎

郊外の友だちの家でクリスマスのお祭りをしたかへり
まっ暗な廣い畑中の道を
大供小供うちまぜてひとかたまり一緒に歩いてゐる
わけもなくうれしく騒いだので今はみんな
少し疲れて黙りがちである。

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2009年11月21日

子どもの話を聞いてあげよう

能力開発研究家のデニス・ウェイトリーという人について調べていたら、こんな詩に出くわした。出典はどこだったか忘れた。
こういうことを言う人なんだとおもった。

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2009年11月02日

Amazing Grace の amazing な背景

「Amazing Grace」という美しい歌がある。次のような歌詞である。
本田美奈子の歌がここにある。

「福音宣教」誌の2009年4月号に「真理と自由、まことと恵み」(光延一郎著)の文章に、アメリカの有名なゴスペルソングである「Amazing Grace」について、それが作られる背景の説明があった。

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2009年08月23日

渡辺はま子「モンテンルパの夜は更けて」の歌の果たした役割

 上田にいるときに、友人からこんな話を聞いた。

 渡辺はま子は戦後すぐに「桑港のチャイナタウン」などのヒット曲で知られている歌手である。彼女は戦時中慰問のために戦地をおとずれ日本兵を励ます歌をたくさん歌った。終戦を中国の天津で迎えそのまま約1年間の収容所生活も経験した。
 そんな彼女のもとへ、昭和27年(1952年)「ああモンテンルパの夜は更けて」の曲が届けられた。フィリピンの戦犯収容所の死刑囚が作詞作曲をした歌である。渡辺はさっそくこの歌をレコーディングし、歌は大ヒットした。
 サンフランシスコ講和条約も結ばれ、A級戦犯も釈放されていたころ、フィリッピンの収容所にはまだ多数の戦犯が収容されていることを知った渡辺は、戦犯の釈放のためにこの歌をモンテンルパで歌おうと奔走するが、なかなかビザがおりなかった。
 渡辺はついに香港への旅行の途中でフィリピンにいわば不法入国をして、モンテンルパで歌を歌うチャンスをつくりだす。戦地慰問で宣撫の歌を歌った戦争責任を強く感じていた渡辺は収容所で兵士たちに謝罪のために捕まることを覚悟して慰問をしたのである。
 1952年のクリスマスに渡辺はま子は振り袖姿でこの歌を歌ったという。会場のあちこちからすすり泣きの声が聞こえた。

 翌年この歌のオルゴールが時のフィリピン大統領キリノの元に届けられる。そしてその歌の背景を知ったキリノ大統領は特赦をして受刑者たちの帰還がなされる。
 キリノ大統領は妻と娘とを日本兵に殺されたという。「私がおそらく一番日本や日本兵を憎んでいるだろう。しかし、戦争を離れれば、こんなに優しい悲しい歌を作る人たちなのだ。戦争が悪いのだ。憎しみをもってしようとしても戦争は無くならないだろう。どこかで愛と寛容が必要だ」
 死刑囚を含む全てのBC級戦犯が感謝祭の日に大統領の特赦を受けて釈放され、帰国が決まったのは、翌月の6月26日のことだった。

 なかなかすごい話しだと思った。
ここに渡辺はま子の歌がある。
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2009年08月13日

「司祭−日曜日の夜の祈り」ミシェル・クオスト

 8月16日(日)に私の教会の教会報「いわお」を出す。その編集を終わって印刷を教会でした。「いわお」は、聖母被昇天の祝日、クリスマス、イースターと年3回発行で、今回は聖母被昇天の祝日にあわせた発行である。
 考えてみたら「いわお」は私が青年会の時代、今から40年前に始めたもので、今は172号である。
 
 今号の特集は「司祭年によせて」である。ローマ教皇は今年の6月から1年間を「司祭年」と定めた。
 それでその特集の一環として、私の好きなミシェル・クオスト神父の「神に聴くすべを知っているなら」という本に掲載されている「司祭−日曜日の夜の祈り」を紹介した。
 「いわお」誌上ではスペースの関係でその祈りのすべてを紹介することができなかったので、ここで紹介することにしよう。
 じつは「いわお」には載せなかった前半部分が本当はいい祈りなのである。
 ちょっと長くなるが、ぜひ最後まで読んでみてほしい。
 とくにわたしの友人である司祭たちに、この祈りを捧げたい。

司祭−日曜日の夜の祈り
           ミシェル・クオスト

 人びとは聖職者にたくさんのことを要求する。それはそれでよい。しかし、聖職者になるということは容易なことではないことくらいは理解してもらいたい。かれは献身して若き日の情熱を殺してしまったけれども、木石にあらず、生身の人間である以上、かれの中にある人間くさいものが、一度はあきらめたものをとりもどそうとする。だから、キリストのため、他者のため、自らを完全に殺して奉仕し続けるということは、不断の戦いとなる。
 聖職者には、人の称賛はいらない。贈り物を持ってこられても困る。かれに必要なのは、かれの説諭に身を委ねた人びとが、ますます他者を愛することによって、かれの献身がけっしてむだではなかったことを示してくれることだけだ。人間であるかぎり、かれは時には、私心なき人情をデリケートに誇示してみたいと思うだろう。とくに日曜日の夜、かれがひとりぼっちになるときは。

 イエスはかれらに言われた。「私についてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」(マルコ1/17)
 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そしてあなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えてくださるのである。(ヨハネ15/16)
 兄弟たちよ、わたしはすでに捕らえたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。(ピリピ3/13・14)

主よ、こよい、わたしはひとりです。
だんだんと聖堂の中で物音がきえて
みんなそれぞれ家に帰ってゆきました。
わたしもうちに帰ります。たったひとりで。

散歩帰りの人びとをおいこし、
ひけ時の映画館の前を通りこし
日曜日の楽しみを少しでものばそうと
喫茶店の店先にねばっている閑人をよけてとおったら
歩道で遊んでいた子どもたちにぶつかりました。
主よ、子どもたちに
わたしの子どもではなく、よその子どもたちに。

主よ、わたしはここにいます
ひとりで
沈黙がわたしをなやませ
孤独がわたしをおさえつけます。

主よ、わたしはもう35歳
人並みに育った働きざかりの体と
人並みにだれかを愛したい心とを持っています
しかし、それをみんなあなたに捧げてきました。
あなたがそれを望まれたことは確かです。
だからわたしは捧げてきましたが
主よ、それはてともつらいことです
このなまの身を、他者のために捧げないで
あなたに捧げることはつらいことです。
すべての人に愛を与えて
 だれからも愛を求めないのはつらいことです。
若い美しい女性の手に触れて
 それを握りつづけておれないことはつらいことです。
異性への愛に目覚めても
 それをあなたにゆだねることはつらいことです
自分のために生きないで
 他者のために生きるのはつらいことです
みんなと同じようになり、みんなのなかにいても
 みんなについていけないことは、主よ、つらいことです
受けようとしないで与えることも
自分の利益をもとめないで他者の利益を求めることも
他者の罪をきかされて苦しみ、それに耐えてゆくことも
秘めごとを打ち明けられて、それをどうにもできないことも
人を背負っても、自分は背負ってもらえないことも
弱い人を支えても、自分は強い人によりかかれないことも
主よ、みんなみんな、つらいことです。

ひとりでいることはつらいことです
みんなの前に、ひとりぼっちで
世界の中に、ひとりぼっちで
苦しみと死と罪の前に、ひとりぼっちでいることは
主よ、
つらいことです。

子よ、何を言う。きみはひとりぼっちじゃあない
わたしがきみといっしょにいるじゃあないか
わたしはきみだ
わたしが受肉と贖いの業を、今もつづけてゆくために
わたしはもうひとりの人車が要るのだ
永遠の昔から、わたしはきみを選んでいたのだ
わたしには、きみが要るのだ。

わたしの祝福をおくりつづけるために、きみの手が要る
わたしが語りつづけるために、きみの口が要る
わたしが苦しみつづけるために、きみの体が要る
わたしが愛しつづけるために、きみの心が要る
わたしの救いを広めるために、きみ自身が要る
だから、子よ、わたしといっしょにいてくれ。

主よ、わたしは今ここにいます
わたしの体も、わたしの心も、わたしの魂も
みんなここにあります
願わくは、それらを世界のはてまでとどくように
それらが世をになって立つほどに
大きく強くしてください
世をつつんで、しかも自己本位にならないように清めてください
願わくは、わたしが人びととあなたとの出会いの場になり
しかもかりそめの出会いの場以上にはなりませんように
すべてのもの、すべての人が、あなたに向かっているゆえに
自己の終わりをもつ道になることがありませんように

主よ、こよい、すべてのものが静まりかえっているのに
わたしは孤独の痛みをひしひしと感じます
人びとはわたしの魂をむさぼろうとしているのに
わたしは彼らの飢えをいやしてやることができません
全世界がわたしの肩に、悲惨と罪の重荷をおしつけても
わたしはあなたにくり返して言います、「そうです、主よ」と
ゆっくり、はっきり、気どらず、自嘲せず
主よ、あなたの前に、わたしはひとりでいます
この夜の安らぎの中で。


 読んでみてどうであろうか? 何を感じながらこの祈りを読んだであろうか?
 友人の司祭に読ませたくなる祈りであろう。
 「日曜の夜」とか「お正月やすみ」が司祭にはつらいんだとかいうのを私も聴いたことがある。それをこの詩はよくぞここまで読み込んだと思うのである。

 この本には他にもたくさんの紹介したくなる「祈り」がある。追ってまた紹介しよう。
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2009年07月26日

大阪の歌が好きです。

 なぜか大阪の歌はとてもいい歌が多い。そんなに行く機会はないので、町をよく知っているわけでもないが、なぜかあこがれる。
 今回、大阪の町をすこし歩いた。思い出せるだけの大阪の歌を口ずさみながら。

 たそがれの御堂筋 坂本スミ子
 銀杏並木 デュークエイセス
 大阪ぐらし フランク永井
 大阪ロマン フランク永井
 こいさんのラブコール フランク永井
 道頓堀行進曲 南地みつ春
 浪花小唄 二村定一
 大阪ラプソディ 海原千里・万里
 面影橋から 小室等と六文銭
 月の法善寺横町 藤島恒雄

 横浜の歌もけっこうあるが、横浜市民でありながら、もうしわけないけれど大阪の歌にあこがれる。
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2009年06月27日

沖縄の慰霊の日に読まれた「平和の祈り」


沖縄平和の祈り 6月24日の朝日新聞に「沖縄『平和』だきしめて」と題した「沖縄慰霊の日」の記事がありました。そのなかに沖縄の11歳の小学生が朗読した「平和の祈り」が紹介されていました。
 その詩がとても良かったので紹介します。新聞には一部しか載っていませんでしたが、検索したら全文を見つけました

平和のいのり

南城市立大里北小学校 6年 比屋根憲太

石に刻まれた家族の名に
涙を落とす祖母
なんの形見も残っていない石に
声にならない声で
石をさすり
石をだきしめる
小さな声でとても小さな声で
「本当は話したくないサー」
少し首をかしげて
空を見上げる
人さし指の大きさの大きな傷
あごと左腕に残る
戦争の傷あと

祖母は傷の手当てをするために
水くみに行った
防空ごうに姉を残し 母と二人で
そのあとすごい光と音が…
そのまま姉はもどらなかった
「いっしょに連れて行けばよかった」
「ごめんね ごめんね」
と何度も何度も
きたときよりも
石を強くさすり
石を強くだきしめる
ぼくはもう声を上げて泣いていた
そして祖母の背中をずっとさすった
こんな青い空に
こんなおだやかな沖縄に
戦争は似合わない
祖母のくしゃくしゃな涙も
似合わない

そんな祖母はもう今は歩くことが
できない
毎日毎日空を見て
きっと
生きている喜び
生き残った悲しみを感じて
いるのだろう
ぼくは車イスをおして
祖母のいのりを引きつぐ
戦争のない平和な国を

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2009年05月27日

「手紙 親愛なる子どもたちへ」のポスターをつくりました。


えがおと詩 5月21日に「手紙」の詩を紹介しましたが、これをポスターにしました。
 私の家の前や教会に掲示しようと思います。

 背景にうっすらと映っているのは、おなじみ母のいよさんのとびっきりステキな笑顔の写真です。

 いよさんは今日5月27日が90歳の誕生日です。
 いよさんに頼み込んでこの詩を朗読してもらいましたが、この詩がいよさんのことを読んでいるとは気がつかなかったようで、別に何の感慨もありませんでした。ちょっとがっかり。
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2009年05月22日

民族音楽におおい5音階の音楽の不思議

 世界の民族音楽には5音階の音楽(ペンタトニック・スケール)が多いといわれる。西洋音楽が7音階の音楽であるのにたいして5つの音符しか使用しないで作られる曲である。

 たとえば日本の伝統音楽である民謡や唱歌、そして演歌は「ヨナぬき調」といわれる5音階で作られている。ドから初めて4番目(つまりファ)と7番目(つまりシ)の音を使わないで歌われる。
 このことを知った明治政府の音楽取調掛の初代所長伊沢修司は学校で教える小学唱歌を選定するときに、この日本の音階と似た構造をもつスコットランド民謡やアイルランド民謡を積極的に取り入れた。「蛍の光」「故郷の空」「埴生の宿」「庭の千草」などがこれである。日本人に親しみ深いというわけであろう。

 演歌もこのヨナヌキが多い。演歌の特徴はこのヨナ抜きとコブシであるといわれる。
 
 日本のヨナ抜きに対して琉球音階は、特徴がある。レ(2番目)とラ(6番目)の音をぬくのでニロ抜き調などともいわれる。
 たしかにこの2音を使わずにピアノの鍵盤を叩いてみると、なにやら沖縄の音楽風になるのである。
 なおこの音階はインドネシアのガムラン音楽においても採用されている。

 ある特定の音を使わないとある雰囲気の曲ができるというのはとても不思議な感じである。
 そういえば短調の曲はラからはじまるというのを聞いたことがあるが、ラからはじまる短調の音楽は何となくもの悲しい雰囲気を持つというのも、考えてみたらとても不思議である。
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2009年05月21日

「手紙 親愛なる子どもたちへ」という詩は母のために書かれた詩であると思った。

 この詩を読んでみてください。何を感じるでしょうか?

手紙 〜親愛なる子供たちへ〜 
原作者不詳、角智織 訳詞・樋口了一 補足詞

年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ
消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひとときに私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂にはいるのを嫌がるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し何度も着がえさせたり
さまざまな理由をつけて
嫌がるあなたとお風呂に入った懐かしい日のことを
悲しいことではないんだ
旅立ちの前の準備をしている私に祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り飲み込むことさえできなくなるかもしれない
足も衰えて立ち上がることすらできなくなったなら
あなたがか弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけをもっていてほしい
きっとそれだけでそれだけで私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりとつきそったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたがうまれたてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛をもって笑顔で応えたい
私の子どもたちへ 愛する子どもたちへ


 私はこの詩を読んで、母の気持ちをみごとにうたっていると思いました。
 私は教会の入門講座に、母と妻を連れていきます。母をひとりで家においておくわけにはいかないからです。
 今日はその入門講座で母にこの詩を読んでもらいました。読んでくれたことはくれたのですが、この詩の内容は理解できなかったようで、読んだ後に感想を聞いても「わからない」としか答えが返ってきませんでしたが………。


tegami 実はこの詩はちょっとしたブームになっているようで、先日NHKの「ほっとモーニング」で樋口了一さんの歌うこの歌を紹介していました。
 本屋でこの本を探してもなかなか手に入らず、amazon.com に注文したら、在庫がないとのことでした。入庫しだい送るということで注文をしたら、今日横浜ルミネの有隣堂でやっと見つけました。

 そうそう、こんど母のいよさんに朗読してもらってそれをPodCasting することにしましょう。
 近いうちに PodCasting もできるブログにお引っ越しをしようと思っています。
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2009年04月29日

「月光仮面の歌」の2番がいい。

 4月19日の「松尾堂」で作家の夢枕漠さんが、「月光仮面の歌」の2番を絶賛していた。

 団塊の世代はラジオとテレビの両方の体験を持つから、ラジオドラマの主題歌とテレビドラマの主題歌をともによく知っていて、カラオケで歌えたりする。
 ラジオ時代の主題歌として「やんぼうにんぼうとんぼう」「紅孔雀」「笛吹童子」「少年探偵団」「赤胴鈴の助」あたりが印象深い。
 テレビでは、この「月光仮面」「ひょっこりひょうたん島」「隠密剣士」「ハリマオの歌」「チャンバラ童子」あたりか。

月光仮面 〜月光仮面は誰でしょう〜

作詩:川内康範 作曲:小川寛興

どこの誰かは 知らないけれど
誰もがみんな 知っている
月光仮面の おじさんは
正義の味方よ よい人よ
疾風のように 現われて
疾風のように 去って行く
月光仮面は 誰でしょう
月光仮面は 誰でしょう

どこかで不幸に 泣く人あれば
かならずともに やって来て
真心こもる 愛の歌
しっかりしろよと なぐさめる
誰でも好きに なれる人
夢を抱いた 月の人
月光仮面は 誰でしよう
月光仮面は 誰でしょう

どこで生まれて 育ってきたか
誰もが知らない なぞの人
電光石火の はやわざで
今日も走らす オートバイ
この世の悪に 敢然と
戦い挑んで 去って行く
月光仮面は 誰でしょう
月光仮面は 誰でしよう


 作詞は作家の川内康範である。夢枕氏は特に2番がいいと絶賛されていた。たしかにいいと思う。この種のテーマソングとしては、どこか場違いの雰囲気がまたいいと思う。

 ところで「月光仮面」にはもう一つ主題歌があったようだ。こちらはどんな歌だったか。聞けば思い出すかもしれないのだが………。これもなかなかいい詞である。

月光仮面の歌

1 月の光を 背にうけて
  仮面にかくした この心
  風が吹くなら 吹くがよい
  雨が降るなら 降るがよい
  愛と正義の 為ならば
  何で惜しかろ この命
  我が名は月光 月光仮面


2 辛いだろうが 今しばし
  待てば幸福 やってくる
  まずしい人よ 呼ぶがよい
  悲しい人も 呼ぶがよい
  心正しき ものの為
  月よりの使者 ここにあり
  我が名は月光 月光仮面



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