2009年04月25日

マザー・テレサ「生き抜きなさい」のもつマントラの力

 生き抜きなさい  マザーテレサ

人生は捕らえられるべきチャンス!
 人生は見惚れるべき美!
  人生は味わうべき至福!
   人生は実現すべき夢!
    人生は受けて立つべき挑戦!
     人生は大事にすべき富!
      人生は探索すべき神話!
人生は享受すべき愛!
 人生は乗り越えるべき悲しみ!
  人生は受けとめるべき戦い!
   人生は取り組むべき冒険!
    人生は稼ぎとるべき幸福!
     人生は守り抜くべきいのち!


 この人の言葉もすごいですね。人生はこんなにすばらしい宝をもっているということなのでしょう。これを読むとどこかから力が湧いてくるような気がする、そんな文章です。これこそマントラですよね。

 実は、この前のページの「ダライラマ」もこの「マザーテレサ」も実は「シスターからのメール便」(大瀧玲子著 女子パウロ会)からの引用です。


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2009年04月24日

ダライ・ラマの「人生をよりよく生きるために」

ダライ・ラマからのメッセージ
《人生をよりよく生きるために》

1.真実の愛に至るには、必ず大きな危険をくぐり抜けねばなりません。おぼえておきなさい。

2.たとえ何かを失うことがあっても、そこから学ぶことを忘れないように。

3.自分を愛すること、他者を尊重すること、そして自分のすべての行動に対して責任を持つこと。

4.欲しいものが手に入らないのは、時として幸運へのすばらい第一歩です。

5.規制を学びなさい。そうすれば正しく規制を破棄する方法もわかるでしょう。

6.取るに足りない言い争いで大切な友情を損なうことのないように。

7.間違いを犯してしまったとわかったら、時を置かず、間違いを正すため行動しなさい。

8.毎日、ひとりになる時間をもつこと。

9.いつも変化を受け入れるに寛容でありなさい。ただし、そのために、あなたの存在価値が損なわれるようなことがあってはなりません。

10.おぼえておきなさい。時として、沈黙は最上の答えです。

11.人生を生き生きと誇り高く生き抜きなさい。そうすれば、年老いて振り返った時、人生をもう一度楽しむことができるでしょう。

12.愛情あふれる家庭の雰囲気こそが人生の基礎となるのです。

13.愛するものとたとえ意見を異にしても、それはその時だけのこと。いつまでも済んだことを持ち越さないように。

14.学びを共有しなさい。それが永遠に事を成就させていくやりかたです。

15.地球にやさしくあるように。

16.年に一度は未知の土地に出向きなさい。

17.互いを必要とする以上に、互いに愛しあえること。それこそが最高の人間関係です。

18.その成功を得るためにあなたは何を捨てたのか。あなたの成功はそれによって判断すべきです。

19.無駄を出さず形にとらわれず心をこめて料理しなさい。


 このマントラを読んで、伝えたい人達の顔が浮かんだなら、今すぐに伝えてください。このメッセージを親しい人々に手渡してゆくことにより、あなたの人生が豊かなものになっていきますように。


 私が気に入ったのは、11,14,16,18 です。当たり前のことを平凡にいうだけでは、私には響かない。そこには逆説やメタフォアなどが必要です。
「学びを共有することが永遠にことを成就させていく」
「互いを必要とする以上に、互いに愛しあえる」
「成功を得るためにあなたは何を捨てたのか?」
「年に一度は未知の土地に出向きなさい。」
これらの言葉が私に考えさせます。う〜む、やはりこの人ただものではない
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2009年04月11日

「念力のエクササイズ」を祈りの導入に

 中学3年生くらいの生徒の「宗教」の授業にこんなことができるといいなと思う実験を紹介しよう。

 まえに「きみは念力の存在を信じるか?」という話しを紹介したことがある。あれを実際に授業でしてみたらどうなるだろうか?

 サイコロをクラスの人数の半分用意する。
 二人でペアを作る。ひとりはサイコロを振る係、ひとりは出てきたさいの目を記録する係。
 ある目を決めて、その目を出すように念じてサイコロを振ること、記録係はその目を記録してどの目がいくつでたかの累計を記録する。
 ひとりひとつの目で100回くらいして、交替する。
 第2回目は違う目を指定して、それを出すように念じて、サイコロを振ること。
 すべての目で600回くらい行ったら、終了する。

 さて、その表を見て、念じた数がどのくらい出てきたのかを報告する。確率6分の1より高い人を紹介する。また低い人を紹介する。

 そもそも念力は存在するのか?

 念力パワーの強い人と弱い人がいるのか?

 どのように念じたら、念力パワーがよくでるのか? 「でろ!」「でますように」「でてくれ」「でるぞ、でるぞ」「でるな!」などと念じ方を変えてやってみる。

 よく祈っている人は、念力パワーが強い?

 朝起きたときと昼間と夜寝る前とでは、いつが念力が強いのか?

 などなど適当な仮説を設定して検証してみるのがいい。
 これはひとりでもできる。回数を多くすればするほど、正確なデータとなる。
 ぜひやってみて、このブログのコメント欄に結果を報告してほしい。
 
 実はわたしもまだこの実験をしたことがない。やってみるのが少し恐ろしいような気もするのだが……。

 
 
 
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2009年04月10日

α波とバイオ・フィードバック装置

 アルファ波を意図的に流せるように訓練するために役立つものがあるそうです。「バイオフィードバック装置」と呼ばれるもので、ここにその能書きがあります。かつてもといた学校の倫理科で購入しようと提起したのですが、却下されました。
 これは、ちょっとあやしい「偽科学」っぽいところがありますので、学校で購入するにはやはりムリあるかと思いますが…………。

 これはようするに自分の脳波の状態を、ディスプレイや音などで検知することができるわけです。つまり自分の脳波をフィードバックして、アルファ波のでる状態を把握し、意図的にそういう脳波の状態になるように訓練できるものです。

 もう20年以上前に、友人のイエズス会士(かれは工学部出身でした)が神学生時代にこの装置を何かの展示会で試したそうです。そうしたらなんとα波だらけ。かれは「ひょっとしてあなたは禅の高僧ですか?」て聞かれたそうです。
 かれは「いや、自分は神学生で『イグナチオの霊操』で瞑想になれているので」と応えたとか。
 よもやこのイエズス会士はウソを言う人物ではないので、この話は充分に信頼できる話しだと思います。

 それで、わたしも15年ほど前に、やはりあるコンピューター関係の展示会で試したことがあるのです。わたしも「イグナチオの霊操」はすこしはやりなれているので、彼と同じように瞑想の心理状態になりましたが、いっこうにα波は流れませんでした。流れているかどうかなどということを気にする雑念が生じるとダメなのでしょう。「無心の境地」にならないとダメなようです。
 でも、この装置はインチキだと思うよりも、このイエズス会士の霊性の深さに、敬意を表したくなたのであります。
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2009年04月09日

α波の流れるとき

 脳波には、α波、β波、γ波、δ波、θ波があるという。
 弛緩した状態の時に流れるのがα(アルファ)波である。
 緊張したときに流れるのがβ(ベータ)波である。
 興奮したときに流れるのがγ(ガンマ)波である。
 眠気の状態に流れるのがθ(シータ)波である。
 そして深い眠りの状態に流れるのがδ(デルタ)波である。

 この中で興味あるのはα波。この脳波が流れるときは他にもある。

1.喜びや感動を覚えたとき
2.子どもほどα波が豊富である。
3.今やまさに眠ろうとしているときに(スローα)
4.無我夢中の時、我を忘れている状態(ファーストα)
5.音楽家がうっとりとして楽器を弾いている(ミッドα)
6.想像力や独創性と関係ある。
7.虫の知らせ、胸騒ぎ、インスピレーションが湧いたとき
8.火事場のバカ力
9.エネルギーを補給していつでも出発できる状態
10.緊張の伴わない平常時の思考集中状態
11.なにかを楽しみにしてワクワクしながら待ちこがれている状態
12.物思いにふけっている
13.白昼夢
14.「勝手にしやがれ」「ケセラセラ」と居直るとき、背水の陣
15.詰め将棋ができたとき
16.禅の無我の境地、祈りと瞑想の状態
17.リラックスしていて心の安らぎがある。
18.念力,透視などの ESP 状態
19.朝起きて快く目覚めた
20.酒によっていい気持ち
21.深呼吸
22.得意満面
23.プラセボ効果であっても
24.自由でのびのび、こだわりがない。
25.胸のときめき、恋する心

 このα波が流れているときというのは、とてもおもしろいですね。このα波が意図的に流れるように訓練できたら、結構おもしろいのではないかと思うのです。
 そしてそのために「祈りと瞑想」は「α波の意図的な訓練」のために役立ちそうな気がします。
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2009年04月03日

松浦静山が引用した横井也有の老いを詠んだ狂歌

 松浦静山は『甲子夜話』続編に次のような狂歌を引用した。自戒と自嘲をこめて「自ら恥じる所なり」と述べながら。

・皺がよるホクロが出来る背がかがむ 頭は禿げる毛は白くなる
・手はふるう足はひょろつく歯は抜ける 耳は聞こえず目は疎くなる
・身にあうは頭巾襟巻杖めがね たんぽ温石しびん孫の手
・くどくなる気短になる愚痴になる 思いつくこと皆古くなる
・聞きたがる死にともながる淋しがる 出しゃばりたがる世話焼きたがる
・又しても同じ話に孫ほめる 達者自慢に人をあなどる

 この狂歌の原作は、尾張藩士で俳文集「鶉衣』の著者として知られる横井也有(1702〜83)である。この人もまた興味深い人物である。
 で、調べてみた。

 武士として武術に優れ、また儒学を中心とした学問も究め、大番頭や寺社奉行などの要職を務めた。その一方、也有は若い頃から俳人としても名をなし、俳文家でもあった。『鶉衣』(うずらごろも)は、彼の最も名高い俳文集である。
 也有の死後(天明3年(1783)82歳で亡くなる)、天明の狂歌師大田蜀山人が、たまたまその写本の一部を読んで感激し、『鶉衣』として世に出ることとなった。
 也友の句としては次のようなものがある。

 蝶々や花盗人をつけてゆく
 しからるる子の手に光る蛍かな
 柿一つ落ちてつぶれて秋の暮

など人間味あふれる温かいユーモラスな句を詠んでいる。

 化物の正体見たり枯尾花

というのも也有の句である。
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2009年03月21日

「祈りはセラピーなのだ」ということをわからせてくれた本のおすすめ。

 1週間くらい書き込みをしなかったら、アクセスががくっと減るのです。ちょっと怖い感じです。
 こういうときのわたしの状態は、ネタがなくて苦しんでいるのか、なにか締め切りの迫った、あるいはすぎた仕事を抱え込んでいるのですね。
 あ、それからちょっとまとめたり調べたりしなければならないネタばかりの時も更新が少なくなります。


祈りセラピー1 先日四谷のサンパウロによって、こんな本を見つけました。
 その本は「祈りセラピー」(キース・マククレラン著、R.W.アリー絵、目黒摩天雄訳 サンパウロ刊)です。
 文庫本サイズのイラストの入った絵本風の「祈りについて」の本です。

 この本の中味も興味があったのですが、わたしが興味を持ったのは、訳者でした。
 この方は名前に特徴があるから、よく覚えているのです。40年ほど前に大阪教区で「雑魚」というミニコミ誌を作られていたかたでした。軽妙な文体が印象に残っています。
 そしてさらに次に出会ったのは、室蘭のカトリック学校の校長先生からの電話でした。
 この本で3度目の出会いとなります。でも一度も実際にはお会いしたことがありません。

 この本の「まえがき」に書かれていることをそのまま紹介します。

 おだやかな心と安らぎを望んでいない人はひとりもいません。けれども、現代の多くの人は祈ることをできないと思っています。自分の周りにある祈りのチャンスに気がつかないだけなのかもしれません。私たちはだれでも祈りのタレントを預かっているのです。
 ベネディクト会士キース・マクレラン師の「祈りのセラピー」は、簡潔な言葉で長年の知恵を提供し、私たちを励ましてくれます。
 真の祈りは、有機的なものです。―それは私たち自身の生活、人柄、必要、リズムから生まれ成長するのです―。毎日、そしてすべての時間は祈りのチャンスに満ちています。これらの時間をうまくつかめば、とても豊かな可能性に向かって自分を開くことができます。しかも、それがとても効果的な癒やしとなるのです。
 本書を通して「ふるさとへ帰りたい」とねがうあなたのこころが「ふるさとへの道」を見出すことができますように。



祈りセラピー2 この「まえがき」は祈りに対する何よりもの「導入」になるに違いません。
 わたしはこの本のエルフ(妖精)のイラストはあまり好きではないのですが、ここに書かれている祈りについての35のメッセージはとてもよいと思います。

 本の裏表紙に書かれていうるメッセージもなかなかいい。

 祈りは特別な人のものではなく、「あなた」のものです。本書「祈りセラピー」によって一瞬一瞬が、そして日々のすべての出来事が祈りのチャンスであることがわかります。
 簡潔に記された知恵の言葉は、ユーモアあふれるエルフ(妖精)のイラストとあいまって、心をなごませ、日々の暮らしを豊かにするたすけとなることでしょう。


 これで、この本が読みたくなり、祈りを生活の中に取り入れていくことになったら幸いです。
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2009年03月04日

伴風花の歌はなかなかいいと思う。

あたらしい朝があなたにくるたびに
世界を愛せる空気をあげたい


この歌を読んでどう感じますか?

 これは3月1日の毎日新聞「愛の歌を読む 東直子」で紹介されていた歌です。
 それには、次のような解説がありました。

『すっとあなたが好き』という、恋の詩歌集の中の一首で、長い片恋が実った場面に置かれている。たった一人の恋人に贈った美しい歌だが、この世界で健気に生きるすべての人に向けてささげたい一首でもある。


 「伴風花」で検索するとこのひとのブログに行き当たる。そこにこの人の作品がいくつか掲載されているのがうれしい。
 この『すっとあなたが好き』をすぐに図書館に予約しようとしたが、横浜市図書館には蔵書なかったのが悲しい。

 この人の歌集「イチゴフェア」の帯にはこんな歌もあるという。

不規則な寝息に鼻を近づけるしらない町の雪の匂い、だ

歯みがきをしている背中だきしめるあかるい春の充電として

別々の物語よむ夕暮れも足のおやゆび触れさせておく

階段を降りかけてふとくちづけたあの朝のさきにこんな日がある

すこしだけ激しく泣いた 過ぎ去った二人の優しい時間のために


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2009年02月11日

「春は来たりつつある」内村鑑三

 内村鑑三にこんな詩がある。今ごろにふさわしい力強い詩である。

春は来たりつつある

内村鑑三


春は来たりつつあり
雪は降りつつある
しかし春は来たりつつある
寒さは強くある
しかし春は来たりつつある
 春は来たりつつある
 春は来たりつつある

雪の降るにもかかわらず
寒さの強きにもかかわらず
春は来たりつつある

慰めよ、苦しめる友よ
なんじの患難(ナヤミ)多きにもかかわらず
なんじの苦痛(イタミ)強きにもかかわらず
春はなんじにもまた来たりつつある

さあ、もうすぐ春だ。この詩を読むとそういう期待と希望があふれてくる。シンプルだけれどこの力強さは他には描けないであろう。

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2009年01月30日

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」渡辺白泉

 今日1月30日は「白泉忌」と言われる。俳人渡辺白泉の40回忌である。
 恥ずかしながら、私はこの俳人を先日の「天声人語」で初めて知った。その俳句がなかなかユニークなのである。この時代にこんな俳句を作れたということはやはり非凡なのであろう。

 白泉は1913年東京生まれ。
 わかいときは新興俳句運動の旗手として、数々の作品を発表した。
 社会を風刺し、軍国化を批判する句風を色濃く出して、京大事件に巻き込まれ、逮捕される。戦争中に特高の目を盗んで多くの句を作ったが、戦後になって俳句から足を洗い、市立沼津高校の教員となった。
 1969年55歳で没。
 1974年「渡辺白泉全句集」が発表された。


街燈は夜霧にぬれるためにある (昭和10) ・

鶏(とり)たちにカンナは見えぬかもしれぬ (昭和10)

銃後といふ不思議な町を丘で見た (昭和13)・

繃帯を巻かれ巨大な兵となる (昭和13) ・

戦争が廊下の奥に立つてゐた (昭和14) ・

憲兵の前で滑つて転んぢやつた (昭和14) ・

夏の海水兵ひとり紛失す (昭和19) ・

玉音を理解せし者前に出よ (昭和20) ・

地平より原爆に照らされたき日 (昭和31) ・

まんじゆしやげ昔おいらん泣きました (『白泉句集』昭和50)

なかなか考えさせられるユニークな俳句が多いとおもった。私も俳句を作ってみるかという気になった。


 
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2008年12月26日

坪内稔典の俳句

 12月7日の「トーキング・ウィズ・松尾堂」で日本語学者の金田一秀穂さんが坪内稔典という人の俳句を紹介していた。これがまたおもしろい。川柳ではなく、俳句でこんな読み方もアリなんだと思った。このひとの俳句集を探して読んでみよう。

この番組で紹介されたのは

3月の甘納豆のウフフフフ

タンポポのポポのあたりが火事ですよ

たぶんだがイソギンチャクは義理がたい


という句でした。
 この人は、仏教大学の先生で、日本でたった一人の人間になりたいという思いから、日本中のカバに会うということを試みたのだそうだ。それで「カバに会う」という本を書いたという。
 さっそくこの人の本の予約を横浜市立図書館のネットワークにいれておいた。今度図書館に行くのが楽しみである。


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2008年11月08日

唱歌「冬の星座」と「星の界(よ)」

 11月8日付の「be on Saturday」の「高橋睦郎 花をひろう」に「冬の星座」と「Mollie Darling」が紹介されていた。

 そういえばこの「冬の星座」という歌は唱歌に含まれていたが、原曲はアメリカの作曲家ヘイスが1872年に作詞・作曲した『愛しのモーリー(Mollie Darling)』だという。原曲はいわば甘いラブソングなのだが、これに堀内敬三が日本語詞をつけ、昭和22年(1947)に中学の音楽教科書に掲載されました。

    冬の星座
            作詞 堀内敬三

1 木枯らしとだえて さゆる空より
  地上に降りしく 奇(くす)しき光よ
  ものみないこえる しじまの中に
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる

2 ほのぼの明かりて 流るる銀河
  オリオン舞い立ち スバルはさざめく
  無窮(むきゅう)をゆびさす 北斗の針と
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる


 英語の曲はこんな詩である。

      Mollie Darling

1. Won't you tell me Mollie darling,
That you love none else but me?
For I love you Mollie darling,
You are all the world to me.
O! tell me, darling, that you love me,
Put your little hand in mine,
Take my heart, sweet Mollie darling,
Say that you will give me thine.
   (Chorus:)
   Mollie, fairest, sweetest, dearest,
   Look up, darling, tell me this;
   Do you love me, Mollie darling?
   Let you answer be a kiss.


2. Stars are smilling, Mollie darling,
Thro' the mystic vail of night;
They seem laughing, Mollie darling,
While fair Luna hides her light;
O! no one listens but the flowers,
While they hang their heads in shame.
They are modest, Mollie darling,
When they hear me call your name.
   (Chorus:)

3. I must leave you, Mollie darling,
Tho' the parting gives me pain;
When the stars shine, Mollie darling,
I will meet you here again.
O! goodnight, Mollie, goodbye, loved one,
Happy may you ever be,
When you're dreaming, Mollie darling,
Don't forget to dream of me.
   (Chorus:)


 原曲はラブソングなのだが、日本語になるとこういう格調たかい詩がつけられる。

 そういえば「星の界(よ)」という唱歌もあった。これの原曲は賛美歌である。これも格調高い詩がついていた。意味もわからずに歌っていたものである。

   星の界(よ)
    作詞 杉谷代水 作曲 コンヴァース

月なきみ空に、きらめく光、
嗚呼(ああ)その星影、希望のすがた。
人智(じんち)は果(はて)なし、
無窮(むきゅう)の遠(おち)に、
いざ其の星影、きわめも行かん。

雲なきみ空に、横とう光、
ああ洋々たる、銀河の流れ。
仰ぎて眺むる、万里(ばんり)のあなた、
いざ棹(さお)させよや、窮理(きゅうり)の船に。


 この歌は賛美歌として教会でよく歌われる。

  いつくしみ深き友なるイエスは
    作詞 ジョセフ・スクリヴェン

いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを 取り去りたもう
心の嘆きを つつまずのべて
などかは降ろさぬ 負える重荷を

いつくしみ深き 友なるイエスは
われらの弱きを 知りてあわれむ
悩み悲しみに しずめる時も
祈りにこたえて なぐさめたまわん

いつくしみ深き 友なるイエスは
変わらぬ愛もて みちびきたもう
世の友 我らを捨て去るときも
祈りに応えて いたわりたまわん


 賛美歌の歌詞は作詞者の婚約者が結婚直前に亡くなった時の悲しみの中で書かれたものだという。
 これでよくわかった。なぜ葬儀のミサでうたわれるのかが。

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2008年10月19日

万葉集「秋の七草」

 10月18日の朝日新聞 be on Sunday の「花をひろう」(高橋睦郎)に「秋の七草」の歌が紹介されていた。

 秋の七草は「万葉集」巻第8秋雑歌に「山上臣憶良、秋の野の花を詠める歌2首」がある。

 秋の野に咲きたる花を指折りて
   かき数ふれば七種の花

 萩の花尾花葛花なでしこの花
   女郎花また藤袴朝がほの花

 2首目の最後「朝がほの花」は現在いうアサガオか、ヒルガオか、ムクゲか、キキョウか。諸説あって決めがたい。

 朝がほが「秋の七草」に数えられたのですね。
 そういえばわがやのノアサガオは再び勢いをまして1日100以上の花をつけます。今日の教会バザーに根付いた苗を売ってもらうことにしましたら、4鉢は売れたようです。しめて1200円の売り上げです。
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2008年10月16日

「鉄砲伝来数え歌」に秘められた「若狭伝説」

 偶然録音していた9月6日のNHKFM「民謡をたずねて」に種子島地方に伝わる「鉄砲伝来数え歌」を原田直之が歌っているのがあった。とてもいい歌だなと思った。
 さっそくインターネットで検索をしてみたら、ここに歌詞とともに地元の人が歌っているムービーが見つかった。原田直之が歌っている方が耳になじみやすく歌詞もわかりやすいのだが、この歌は「鉄砲伝来」の歴史的事件を読み込んだみごとな民謡であると思うので、ここで紹介してみたい。

鉄砲伝来数え唄


一つとなーよーえ
 日出ずる国の守りなる 鉄砲功徳の数え唄 うたうわいな
二つとなーよーえ
 不思議な船が種子島 西之の小浦の海岸に 参りたわいな
三つとなーよーえ
 見知らぬ人にも親切な 織部の丞が赤木へ あがらせたわいな
四つとなーよーえ
 よその国々商用で ポルトガルから来た船を あかしたわいな
五つとなーよーえ
 如何なるものでも狙うたら外さず射止める鉄砲を お持ちじゃわいな
六つとなーよーえ
 無理に頼んでこの利器を時尭公が 二千両でお買いじゃわいな
七つとなーよーえ
 習うは製法狙い方 時は天文十二年八月じゃわいな
八つとなーよーえ
 八板金兵衛豊定に 新規に製法 殿様の仰せじゃわいな
九つとなーよーえ
 心も砕く甲斐も無く 筒底塞ぐの術知れず 無念じゃわいな
十となーよーえ
 とうとう娘の若狭おば異人にくれて その術を習うわいな


 この唄の意味しているところは、だいたい理解できるだろう。
 このホームページにはこういう解説があった。

 種子島の南端、南種子町の門倉岬(かどくらみさき)にポルトガル船が漂着してわが国に鉄砲が伝えられた。種子島の領主種子島時尭は刀鍛冶八板金兵衛豊定に命じて鉄砲作りを命じたが、完成までには幾多の困難があった…という話を数え歌にまとめたもの。
 「ヒトツトナーヨーエー」という歌い出しで始まる数え歌は全国に流布している。土地の風物や各種の物語を歌い込んで親しまれている。種子島のこの歌は明治になってから、数え歌の旋律にのせて作られたと思われる。

 この歌詞の気になるところは10番のセリフである。
 藩主に命じられた刀鍛冶八板金兵衛豊定は、苦労して鉄砲をつくるのだが、どうしても筒底をふさぐ方法がわからない。ポルトガル人にそこを聞こうとしたのだが、彼らは教えるかわりに、16際の娘の若狭を差し出せという。若狭は藩のためならとそれに応じてポルトガル人と結婚する。欧米人と日本人女性との初めての国際結婚であった。
 この若狭という女性はどういう気持ちでそれに応じたのであろうか? そしてその後の彼女の運命はどうなったのであろうか? この歌はそこまでを語っていない。

 さらにこの若狭という女性で検索してみた。種子島には若狭伝説というのが残っているという。それによるとポルトガル人が日本を離れる際に若狭はシンガポールまで行き、翌年鉄砲鍛冶とともに再び種子島に帰るが、もどると病気になり、若き生涯を閉じてしまう。
 でもそれはポルトガル人をあざむく芝居であり、若狭はじつは80まで生きたという言い伝えもあるという。

 あのジャガタラお春、シーボルトの妻オランダおいねや唐人お吉、蝶々夫人の生涯を思い起こさせる話である。

 

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2008年08月21日

「一本の鉛筆」という美空ひばりのうた

 仙台のカテドラルを訪れたら、そこに日本カトリック女性団体連盟発行の「メイちゃんだより」という機関誌がおいてありました。そこに「一本の鉛筆」という歌が紹介されていました。

一本の鉛筆
作詞 松山善三
作曲 佐藤 勝

あなたに 聞いてもらいたい 
あなたに 読んでもらいたい
あなたに 歌ってもらいたい 
あなたに 信じてもらいたい
一本の鉛筆があれば 
私は あなたへの愛を書く
一本の鉛筆があれば 
戦争はいやだと 私は書く

あなたに 愛をおくりたい 
あなたに 夢をおくりたい
あなたに 春をおくりたい 
あなたに 世界をおくりたい
一枚のザラ紙があれば 
私は子どもが欲しいと書く
一枚のザラ紙があれば 
あなたを返してと 私は書く

一本の鉛筆があれば 
八月六日の朝と書く
一本の鉛筆があれば 
人間のいのちと 私は書く


この歌は1974年、第1回広島平和音楽祭で実行委員長を務めた古賀政男のプロデュースで美空ひばりのために書き下ろされた曲なのだそうです。

ここに美空ひばりの歌がありました。
なかなかいい歌です。


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2008年08月11日

佐藤惣之助生誕の地


佐藤惣之助 川崎の仲見世通りを歩いていたら「佐藤惣之助生誕の地」という碑を見つけました。川崎の人だったのですね。

 調べてみたら、佐藤惣之助の作詞した歌には、私が好きな歌がけっこうありました。
『男の純情』(昭和11年9月)[古賀政男作曲、歌:藤山一郎]
『人生の並木路』(昭和12年2月)[古賀政男作曲、歌:ディック・ミネ]
『青い背広で』(昭和12年2月)[古賀政男作曲、歌:藤山一郎]
『人生劇場』(昭和13年7月)[古賀政男作曲、歌:楠木繁夫]
『湖畔の宿』(昭和15年5月)[服部良一作曲、歌:高峰三枝子]
『新妻鏡』(昭和15年6月)[古賀政男作曲、歌:霧島昇、二葉あき子]

 私よりひと世代前の青春を詠っています。

 私は阪神タイガーズファンではないので、別に好きではないのですが、
『大阪タイガースの歌』(六甲颪)[作曲:古関裕而]

も佐藤惣之助作詞の歌です。

 旧川崎球場前にも碑があるようなので、また訪れてみようと思います。

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2008年07月24日

新渡戸稲造の読んだ歌

 「新渡戸記念館」にて新渡戸稲造が作った歌がいくつか紹介されていた。
 手帳にメモしていたものなので、自分で書いたものなのに読めないところがあったりして、一部不正確かもしれないが、そこはあしからず……………。

見んひとのためにはあらで
奥山におのが誠を咲く桜かな

雲よりも上なる空に出でぬれば
雨の降る世も月をこそ見れ

見るたびに皆そのままの姿かな
柳は緑花は紅

「柳は緑花は紅」という句は新渡戸のオリジナルだったっけ?という疑問を持ったので、調べてみた。
 するとこれは、宋時代の詩人、蘇東坡のしにある言葉だそうである。春の景色を「柳は緑、花は紅、真面目(しんめんもく)」と詠み、色とりどりに咲く花が、自然の営みにゆだね、あるがままに生きている姿を見て「真の面目」と賛嘆して読んだ言葉であった。
 「ごらんよ、空の鳥。野の白百合を。蒔きもせず紬もせずに鮮やかに生きる」というマタイの福音書を元にした典礼聖歌を思い出すことばである。。

元旦は年経るごとにあらたなり
松に緑を霜は添えつつ

わずかなる庭の小草の
白露を求めて宿る秋の夜の月

見る人のこころごころにまかせおきし
たかねにすめる秋の夜の月


 けっしてうまい歌というわけではないが、日本人新渡戸稲造の気概が伺われる歌だと思う。

 新渡戸稲造の歌についてのデータベースがここにあった。
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2008年07月21日

Bishop Dready Mannig "What Was I Doing, When the Saints of God Found Me."

6月2日の NHK-FM「トーキング ウィズ 松尾堂」でこんな歌が紹介されていた。こういう歌が紹介されているところが、この番組が気に入っている理由なのです。

Bishop Dready Mannig "What Was I Doing, When the Saints of God Found Me."

 「え、現役の Bishop(司教)がブルースを歌っているのか」とびっくりしてちょっと調べてみました。

 このBishop Dready Mannigは、アフロアメリカンのブルースシンガーで、この名前は自称の芸名のようでした。
 でもこの歌がなかなかいい。
 この歌を探してみたら、ここにありました。歌詞がどういうものかは聞き取れないのですが、なかなか福音的なメッセージを持っているようです。歌詞が手に入ったら、また紹介しましょう。

 この人にはこういう歌もありました。


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2008年06月23日

和テイスト短歌の「ネジレ具合」

 6月23日の朝日新聞の「短歌時評」に種村弘氏がこんなことを紹介していた。

 「日本っていいなーとしみじみ思うことありませんか? そこで次の企画は『和テイスト短歌』です。あなたの身の回りにある『和』を感じさせるものを短歌に詠んでください」という番組の呼びかけに応えて送られてきたのはこんな歌。

 縦書きで文字を書いている人見ると
 なんとなくだけどどきどきします
             いさご

 暖房の効いた洋間であぐらかき
 抹茶アイスを食べるのが好き
             momi

 先生が和式トイレのお手本を
 園児に見せた春がまた来る
             てこな

 詠われているのは単純な「和」の魅力ではない。ここにはぐるぐるにネジれた「和テイスト」な私たちの姿が正確に写し取られている。


 純粋な「和」というものを日常生活には感じにくくなっているからこそ、改めて「和」を意識すると、それは外国から来たものを日本的に加工する「あんパン」や「カレーライス」みたいな和洋折衷にする伝統がうずきだすということか。和「和」折衷とでも言ったほうがいいかもしれない。
 そこで、私も一句。

 在日のインドの人に日本のカレーライスが好きと
 言われたときの満足感

 五七五七七にはなっていないけど、ま、いっか。
   
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2008年06月13日

総持寺の中の神社の加持祈祷

 鶴見には曹洞宗大本山総持寺という大きなお寺があります。その境内に三寶神社という神社があります。またその近くにはお稲荷さんもあります。まさに神仏混淆ですが、加持祈祷は神社の方でお坊さんがあげているらしいのです。


加持祈祷 その前にこんな立て札がありました。
 これをよく見ると、この中に「世界平和」というのや「飢餓に苦しむ人のために」とか「貧困がなくなるように」とかいう祈りはないのですね。
 みんな自分や自分の家族のために祈っていて、世界や社会のためあるいは他人のために祈るということがないのです。

 ここがキリスト教と大きく違うところだと思いました。

 カトリック教会のミサの「共同祈願」では、「世界平和のために」とか「アフリカの飢餓で苦しむ人びとのために」とか「病気で苦しむ人たちのために」「ミャンマーや中国で災害にあって苦しんでいる人のために」という祈りがかならず唱えられます。
 もちろん、ミサに参加する人は自分や自分の家族のためにこころのなかで祈っているのですが、それは共同祈願としてはめったに唱えられません。
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