2007年11月14日

映画「マリア」12月ロードショウ

 同僚の先生が映画館で12月に全国で上映される映画「マリア」の予告編をみたと言っていました。

 さっそく検索して調べてみました。


mary1 公式ページには「世界でもっとも美しい愛の物語」「すべての始まりがここにある これはキリスト誕生までの物語」とあります。


 どうやら、マリアへの「お告げ」からベトレヘムでの誕生までのマリアとヨゼフの物語のようです。
 内容についてはここに紹介されています。

 まだあまり話題にはなっていないようですが、興味のある映画です。あまり映画には詳しい方ではないので、マリアやヨセフを演じる俳優も知らないのですが、興味をそそられました、公開を楽しみにしています。

 ちょっと気になるのは、この映画のキャンペーンを大々的にしているのが「いのちのことば社」であることです。プロテスタントはあまりマリアを描かないとおもっていたのですが、これに関する限りそうでもないようです。


mary2 ノベライズ版の小説もありました。注文して見ようかと思っています。
「ストーリー オブ マリア」アンジェラ・ハント 訳:内田みずえ
書籍 四六判 / 336 頁 1575 円(税込)
発行:フォレストブックス

 
 


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2007年10月09日

共和制と民主制 −「ローマ人の物語」から

「ローマ人の物語T」を読んでいたら、「民主制と共和制」とに言及しているところがあり、興味をもったので紹介しよう。

 田中美知太郎先生はプラトンの「ポリテイア」を「国家」と訳された。ギリシャ語の「ポリテイア」とはポリス(都市国家・市民国家)のあり方、組織・制度の意味である、と言われているから「国家」とは正しい訳なのである。
 この「ポリテイア」を、古代のローマ人は「レス・プブリカ」と訳していた。イタリア語のレパブリカ、英語のリパブリックの語源となるこのラテン語は、共同体とか公共を意味し、ひいては君主政体以外の政体をとる国家を意味したから、「レス・プブリカ」も正しい訳語なのである。

 著者は「レス・プブリカ」の訳として日本では「共和」とか「共和国」とか訳されることに違和感をもっている。
 
 「レス・プブリカ」とは、公共の利益を重視することである。この目的を達成するための手段を大別すると「民意優先派」と「公益優先派」に分かれる。
 民意優先派は、市民が共同体の主柱であることに特質を持つ。ギリシャのアテネなどのポリスで市民全員の投票で決める直接民主制がその例であろう。
 公益優先派は、公益こそ何にもまして優先されるべきで、民意の反映は必ずしも公益の向上をもたらすとは限らない。ローマの「貴族制」は「衆にすぐれた人、つまりエリート」を選んでエリートたちが公益優先の政治を行うという制度であった。
 前者は「性善説」にたち、後者は「性悪説」に立つという人もいる。

 アメリカの2大政党制の「民主党」と「共和党」もまさにこのような違いを際だたせているといえよう。日本の場合もそうなりつつあると言っていいのかどうか?

 「保守と革新」という対立の軸が消えて「民主派」と「共和派」が時代の求めに応じて、政権を交代するという図式になっていくのであろうか? 
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2007年09月27日

「今を生きる」=カルペ・ディエム

 以前「今を生きる」というロビン・ウィリアムス主演の映画を見たことがあります。なかなか感動的な映画でした。
 この「今を生きる(カルペ・ディエム Carpe Diem)」ということばが気になったので、最近原作本(クラインバウム著 白石朗訳 新潮文庫)を読みました。原作よりも映画のほうが良かったかなという印象でした。

 この言葉は、ロビン・ウィリアムス演ずる国語の新任教師のキーティング先生が、最初の授業で紹介する詩の中にあった言葉でした。
 その詩はロバート・ヘリック(1591〜1674)というイギリスの抒情詩人が作ったものでした。

薔薇の蕾をつむのならいま
時の流れはいと速ければ
きょう咲きほこるこの薔薇も
あすは枯れるものなれば


 そしてこの詩に歌われた感情を「カルペ・ディエム」と説明します。
 そこで、この言葉で今度は調べてみました。
 そうしたら、ローマ時代の詩人ホラティウスが出てきました。

神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、レウコノエ、そんなことを尋ねてはいけない。
それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビュロンの数占いにも手を出してはいけない。
死がどのようなものであれ、それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、
或いは逆に、立ちはだかる岩によってテュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。酒を漉(こ)し、短い人生の中で遠大な希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから。
今日一日の花を摘みとることだ。明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。
(carpe diem, quam minimum credula postero. )


 Carpe とは「摘む」という意味の言葉(Carpo)の命令形なので。正確に訳すと「一日を摘め」ということになる。

 ところが、この言葉はさらにさかのぼる。ヘレニズム哲学のエピキュロスが「今を生きよ」と述べているのである。
 エピキュロスは「エピキュロスの園」という「庭園付きの学校」をつくり、そこでは世俗と離れて「隠れて生きよ!」というのがモットーであった。彼の哲学は「快楽主義哲学」などと呼ばれているが、「快楽」の意味が今のそれとはまったく異なっているのである。
 かれはまた自然哲学者であるデモクリトスの影響を受けている唯物論者でもあった。エピキュロスは魂の不滅を信じないし、また死後の世界などないとする。だから「今を生きよ!」なのである。
 さてこの言葉はギリシャ語ではなんといっているのか、また調べてみることにしよう。
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2007年09月23日

パール・バック「大地」を読み終わりました

 この夏休みにしたかったことの一つがパール・バック著「大地」を読むことでした。
 ある生徒から、この本はなんども読み返し、読み返すたびに新しい発見があると言われてこれはいつか読まねばと思っていた本でした。
 8月の下旬から読み出し、約1か月かかって読了しました。このブログの更新の頻度が落ちたのも、この本を読んでいたからといえそうです。それくらいこの本は後を引く本でした。

 わたしは、本当は小説を読むのがとても好きなのですが、小説を読み出すと少ない読書時間の大部分を奪われてしまい、他の必要な本が読めなくなるので、少なくとも学校在職中は読むのを控えることにしています。例外は生徒が薦めてくれた本でした。
 学校の図書館で借り出した文庫本は、ぼろぼろで、しかも字が小さくぎっしりと詰まっていて、とても読みにくい本でした。
 図書館で借りた本には、それまでに借りた生徒の名前が書かれています。これがけっこう興味深いのです。こういう生徒が読んでいるのか、とその生徒を見直したりしました。最近は名前は書かなくてもよくなったので、ここを読む楽しみはなくなってしまいました。
 この文庫本は全部で4巻ありますが、4巻を読み通した生徒はほとんど1巻から4巻まで一気に借りだして読んでいます。だいたい1か月くらいかけて読んでいます。そういうのを見るのもなかなか今日に深いです。

 この本は、中国の貧しい農民王龍が、大地主となっていく第一部「大地」、その子どもたちがそれぞれ地主、商人、軍人となっていく第2部「息子たち」さらにその孫たちが革命と近代化の波に翻弄されながら生きていく第3部「分裂せる家」の3部構成となっている。
 それぞれの時代を生き抜く男たちを主人公として実に個性的にいきいきと描いている。三国志や水滸伝などの壮大な大河ドラマを読んでいくような感じである。
 しかも、そのなかに時代に流されないで生きている女性たちの魅力的な姿もかいま見ることができる。

 この本の作者がアメリカ人で、しかも女性であることにも驚かされる。さらにプロテスタント宣教師の娘として育ち、聖書物語やキリスト教関連の書も残していることも興味深い。
 しかし、この書には孫の王淵がアメリカ留学中に接する大学の老教授の姿以外に宗教臭さは感じられない。しかもその大学教授の娘メアリーは、キリスト教に批判的だったりする。

 まだまだ書きたいことがいっぱいあるのですが、このくらいにしておきましょう。。
 この本を読みきったことで、久しぶりに「読んだ!」という達成感を味わいました。これを機に、長編小説を読むことを解禁としようと思います。
 次に読む本は「ローマ人の物語」全?巻、さらにその次は「カラマーゾフの兄弟」にしようかと思っています。
 学校にいる間に、学校図書館から借りて読まないと思うと少々あせるのです。

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2007年07月09日

プロコフィエフ「トッカータop11」のピアノ演奏に感激

 先日、私の学校の同僚が団長を務める市民交響楽団の定期演奏会に行って来た。
 
 今回はベートーベン「レオノーレ序曲」、ラフマニノフピアノ協奏曲第2番、そしてベートーベン「田園交響曲」と3曲ともにポピュラーな曲であったので「お聞き得」感があって、行くことにした。
 とくにラフマニノフピアノ協奏曲第2番は私もとても好きな曲である。
 案の定、会場は満員で、しかもとてもよい演奏会であった。会場が満員なのは「ノダメカンタービレ」の影響ではないかと団長氏は言われていた。

 私が、圧倒されたのは、ピアノであった。ラフマニノフもよかったのだが、その後にアンコール曲として演奏されたプロコフィエフ「トッカータop11」である。
 アンコール曲でこんな曲をやるものか。これでは本番の演奏が吹っ飛んでしまうではないかとさえ思われた。
 この曲がどういう曲かは知らされずに演奏が終わってしまったので、あとで団長先生に聞いてみたら、プロコフィエフだといわれた。

 さっそくこの曲をインターネットで調べてみたら、難曲なのだそうである。ピアノ曲の「ヘヴィメタ」とかの紹介があった。
 Wikipedia によると「激しい重音の連打と3オクターブの跳躍、手の組み替えを要求される。特に中間部の見せ場でもある右手の3度重音の音階の中での旋律の強調が難易度が高い。」とか書いてある。

 こんな曲もあるんだ、そしてこれを弾きこなす日本人女性ピアニストも存在するんだとえらく感激してしまった。

 この難曲を引ききっていたピアニストもなかなかのものだ。今度CDを探してみよう。
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2007年05月20日

姉崎一馬写真絵本「はるにれ」と「ふたごのき」


はるにれ 30年ほど昔、友人の女性からプレゼントされたのが、この姉崎一馬写真絵本「はるにれ」(福音館書店)である。わたしも友人への本のプレゼントをするときにはこの本をよく贈る。
 この本は北海道の原野にたたずむ1本の「ニレ」の木を定点撮影をした本である。春の芽吹くとき、夏の緑の生い茂るとき、梢だけのとき、そして冬の雪のなか、1本の木がこれほどに美しく変化するものなのか、感動してしまう。私の定点観測もこの写真集に触発されたところ大である。
 この本は福音館の月刊子ども雑誌「こどものとも」の1冊として発刊されたが、その後単行本になった。


ふたごのき もう1冊は「ふたごの木」(偕成社刊)。これも2本の並び立つ木を定点撮影している。ただしこちらは谷川俊太郎の詩文付きで、ふたごの木の会話が添えてある。
 しかし、谷川俊太郎の詩よりも、この写真のほうが主役である。詩はこのふたごのきの「ふきだし」にすぎないように思える。
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2007年05月19日

福音館書店の「たくさんのふしぎ」と「こどもの館」

 わたしは「福音館書店」の月刊雑誌とは縁が深い。


子どもの館 1973年発行の「こどもの館」という児童文学の雑誌を創刊から1983年3月の休刊まで定期購読していた。この雑誌は探せば押入のどこかに残っているはずである。
 この雑誌に連載されていてもっとも気に入っていた本は「かもめ町からこんにちは」(岩本敏男著)で、この本はその後単行本になった。この本の紹介はいずれまた。




たくさんのふしぎ また1985年発行の「たくさんのふしぎ」という雑誌も発行以来10年以上定期購読していた。こどもの好奇心をこれほど刺激する本はそうないといえよう。
 私はこの本を近くの友人の経営する本屋から届けてもらっていたのだが、この本屋が店じまいしてしまい、それ以来定期講読が止まってしまっていた。
 私の学校の司書の先生がやはりこの本のファンで、学校図書館でもこの本を定期講読を始めたのを知って、「創刊以来10年くらいのバックナンバーをもっていて、寄付してもいいよ」といったら、涙を流さんばかりに喜んでいたので、思い切って寄付してしまった。

 マーフィーの法則ではないが、本というものは古本屋に売ろうとか、友人に贈呈しようとか、資源ゴミに出そうとかというときになるとむしょうに読みたくなるもので、読み終わってからとか思って、結局手放せなかったりする。「たくさんのふしぎ」もその気持ちをぬぐいきれなかったのだが、とにかく思い切って寄付してしまった。読みたくなったら学校図書館から借りればいいのだ。
 
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2007年05月06日

今井保之「手書きの童話集」の手書き文字のすばらしさ


今井1 いまから30年ほど前の1975年、神田の神保町の書店で今井保之著中畑ゆかり絵の「手書き童話集『邪鬼は泣いた』(アテネ書房刊」という本を買った。

 この著者の物語もなかなかいいのだが、この人の手書き文字がすばらしいのである。こんな文字を書きたいものだと思うのだが、なかなかまねはできない。


今井2 けっしてうまい字ではない。しかし何とも言えない味のある字なのである。

 私はこの人の本を全部そろえたのだが、誰かに貸してしまっていまではこの1冊しかない。

 

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2007年04月20日

「『みんなの意見』は案外正しい」という本

 この本はなかなか面白い本である。
 その本は「『みんなの意見』は案外正しい」(ジェームズ・スロウィッキー著 小高尚子訳 角川書店)。原題は「The Wisdom of Crowds」James Syrowicki である。

 本の中味を紹介するには、この本の帯や表紙に書いてあることをそのまま紹介したらいい。そこでこの本の表紙にはこう書いてある。

 スペースシャトル墜落事故原因を誰よりも早く察知したのは調査委員会ではなく、株式市場であった………。
 インターネット検索エンジンのグーグルが何十億というウェブページから、探しているページをピンポイントで発見できるのも、精密な選挙結果の予測ができるのも、株式市場が機能するのも、はたまた午前2時に思い立ってコンビニで新鮮な牛乳が買えるのも、それはすべて「みんなの意見」つまり「集団の知恵」のたまものである。一握りの権力者たちが牛耳るシステムの終焉を高らかに謳い、きたるべき社会を動かす多様性の底力を鮮やかに描き出す、全米ベストセラーがついに上陸!

 この本にはこのような「集団の知恵」の例がふんだんに取り上げられている。


 たとえばこんな例である。

 1958年社会科学者のトマス・シェリングはイェール大学の法学性たちを対象に簡単な実験をおこなった。彼は学生たちにこういう状況を思い浮かべてもらった。ニューヨーク市で誰かと会わねばいけない。dこでその人に会えるかわからないし、会う前にその人と話す手段もない。さてどこへ行けばいいのだろうか?
 いい応えなんかなさそうな質問である。ニューヨーク市は大都会で、待ち合わせに良さそうな場所はたくさんある。それなのに大多数の学生たちはまったく同じ場所を選んだ。グランドセントラル駅の案内状である。
 次にシェリングは問題を少し複雑にしてみた。何日にその人と会わなくてはならないかは知っている。ほとんど全員がそういう場合には12時ちょうどにいくと応えた。
 つまりイェール大学の法学部の学生二人を、巨大都市ニューヨークのあちらの端とこちらの端に落としたとしても二人がみごとに出会えて昼ご飯を食べる可能性はけっして低くないというわけである。
 
 たとえば被験者を二人ひと組にわけ、「表」か「裏」かを選ばせた。目標は自分のパートナーと同じ選択をすることだったが、42人中36人が「表」を選んだ。
 ほかにも16マスが書かれた紙を見せ、人びとにそのうち一つにチェックをつけさせた(同じグループの人全員が同じマスにチェックしたら、報酬がもらえることになっていた。)60%が一番上のマスをチェックした。

 どうすればこんなことが可能になるのであろうか? シェリングは、多くの場合には人びとの予感が収斂する、ランドマークのような目立つ焦点が存在していると考えている。今日、こうした焦点は「シェリング・ポイント(暗黙の調整)」として知られている。


 そういえば、こんなこともそういう例になるかもしれない。最近の選挙の開票速報は、出口調査のデータがあると、テレビ局は開票率が1%でも「当選確実」を出してしまう。

 こんな不思議な「集団の知恵」の例がこの本にはたくさんある。また次のチャンスに他の例を紹介することにしよう。



 
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2007年03月21日

デイヴィッド・グレゴリー著「神様の食卓」は不思議な本である。


神様の食卓「神様の食卓」(デイヴィッド・グレゴリー著 西田美緒子訳 ランダムハウス講談社刊)を読んでとても不思議な感じにとらわれた。こういう小説もあるんだ!

平凡なサラリーマンのニックのもとに、夕食会の招待状が届く。
場所は町一番のイタリアン・レストランで、差出人は「ナザレのイエス」を名乗っている。半信半疑のまま招待に応じてみると、現れたのは30代のスーツ姿の男だった。男は優しく深い語り口でニックを魅了し、疲れた心を癒やしていく。
男は本物のイエスなのか? 読み手の心まですっとほどいていく不思議なファンタジイ。『ミステリー・ディナー』を改題、文庫化。

文庫本のカバーにはこのような紹介がのっていた。
主人公ニックは、イエスと名のる男に、常日頃疑問に思っていたことを次から次に質問していく。男はそれに丁寧に応える。
たとえばこんな質問である。

「なぜ神は人の前に姿を見せないんです?」
「十字軍はどうです? セーレムの魔女裁判は? スペインの異端審問は? プロテスタントとカソリックの間の百年戦争に、北アイルランドの紛争は? キリスト教の人たちはいつだって激しく争っている」
「キリスト教にはなぜそんなにいろいろなものがまじりあっているんです?」

 わたしもニックと同じ立場に立つならば、似たような質問をしたであろう。「まさに等身大のニックの反応がこの本の魅力になっている」のである。それらに対するイエスの答えは、なるほどと思ったり、これじゃ納得できないなと思えるものもある。ただイエスの答えは、ニックの心の中の悩みや小さいときの思い出に触れながら応えていく。ニックは話していくうちに、この男の不思議さに気づいていくのであり、さらに話していくうちに解放された気持ちになっていく。
 そして別れるときに「またあなたと食事を共にしたい」と願うようになるのである。そのときにイエスはニックの名刺の裏に連絡方法を書く。その連絡方法として「黙示録3/20」とだけ書いてあった。
 ニックは、家に帰り、大学を卒業してから一度も開くことのなかった、聖書を探し出してさっそくその箇所を読んでみた。

見よ、わたしは戸の外に立って、扉を叩いている。
誰でもわたしの声を聞いて戸を開けるなら
わたしはその中に入って彼と食を共にし、
彼もまたわたしと食を共にするであろう。

 この本の著者デイヴィッド・グレゴリーは、北テキサス大学でMBAを取得し、テキサス・インスツルメンツ(TI)ほか数社で10年間、ビジネスマンとして活躍。北テキサス大に戻り、コミュニケーションと社会学の修士号を取り、執筆活動を始める。ダラスの神学校で修士号を
得て、小説を書きはじめ、本書が初めての著作。米国では2作目の 「A Day witha Perfect Stranger 」が出版された。
 この2作目は、日本ではまだ翻訳されていない。翻訳が出版する前に、amazon で英語版を手に入れてもいいかな?という気にさせる内容の本であった。


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2007年02月20日

「永遠の別れ」(キューブラ・ロス、デイビッド・ケスラー著)を読みました。


永遠の別れ 実は「先着100名様にこの本を無料でさし上げます。ただし、読み終わったらamazon のブックレビューに書き込んでください。」というメールがわたしのところに舞い込んできたことがこの本との出会いであった。
 この本はキューブラ・ロスの遺作に当たる本であるらしい、そして彼女自身が「死ぬ瞬間」で展開した「死に逝くひとの5段階の心理的プロセス」を歩んだ記録でもあるという。「それなら一つ読んでみるか」と思って申し込んだ。

 その本は程なく送られてきた。「2週間以内にブックレビューに書き込んでください」というので、さっそく読み、約束どおりにただしぎりぎりの期限でわたしもブックレビューに書き込んだ。2月20日現在、33名ものひとがレビューに書き込んでいた。ほとんどのひとがこうやってこの本と出会い、この本を読み、そして書き込んだのだろうか?

 わたしの書き込みの内容は次のようなものである。

 悲しみぬくことそのものに癒す力がある。
 この書の「結びのことば/悲嘆という贈り物」にあることばである。この書でキューブラー・ロスが言いたいことはまさにこの一言に集約されると思う。
 彼女は「死ぬ瞬間」で、死に逝くひとの心のプロセスを「5段階」でもって説明した。これは死に瀕した患者の側の心のプロセスであり、それに対応した介護するひとの接し方を提起している。
 それに対してこの書は、残されたひとの「悲しみと喪失の体験」を豊富な事例でもって明らかにしようとしている。「死に逝く人を送るひとにも癒しが必要なのです」とも語っている。そのときに涙が、悔恨が、物語が、「生存者の罪悪感」が、あるいは「やり残し」がどのように働くかを語っている。これらすべては、癒しへの正常で健康な回復のプロセスであり、このプロセスを心おきなく悲しむことが新しい人生への移行を形成する。
 まさに「悲嘆という贈り物なのであり」「喪失が救済という恩寵の原理は、艱難辛苦が成長の機会となるという原理と同じ」ものなのである。
 わたしも喪失の体験をいくつか持っているし、これからもまた何度か出会うであろう。が、この書を読んで「もう平気だ。もう大丈夫だ」と思えるようになった。この気持ちをできるだけ多くのひとと分かち合いたいものである。

 この文章は、無料でこの本をもらったことに対する「義理」で書いたものではない。この本を読んで自然に湧いてきた思いを語ったものである。この本は喪失と悲嘆のさなかにある人を 救済する力を持っているのである。この救済を必要としている人はたくさんいると思うからである。わたしもまぎれもなく、それによって救済されたひとりであったのだ。
 この本と出会えた感謝の気持ちをこめて、この本の普及にこうやってささやかな協力ができることが嬉しい。

 
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2006年12月11日

硫黄島の星条旗と日章旗

 またまたまた興の昼食時の教員たちの話題から。
 私の座っている左側では「スタディアム」が話題となっていた頃、右側では「父たちの星条旗」と「戦場からの手紙」が話題となっていました。
 ベテランの社会科教員氏がこんな話しをしてくれました。
「擂鉢山の頂上に星条旗が掲げられた写真は有名ですが、あれは次の朝には実に日章旗に変えられていました。」
「生きていた日本兵の仕業ですか?」
「そうらしいですね。アメリカ軍はあわててその日章旗を再び星条旗にするのですが、翌朝またも日章旗に変えられていた。今度はその旗の日の丸は血染めであったというのです。もう日本兵は日の丸の旗を持っていなかったのでしょう。」
「擂鉢山は2度日本兵に奪還されたというのですね。」
「それはすごい話しだ」

 さっそくまたまた家で「硫黄島 星条旗 日章旗」で google しました。出てきました。それによるとこの話しは週刊文春に紹介された話しとかです。
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2006年12月02日

「その日のまえに」は「泣ける本」です

「その日のまえに」(重松清著 文藝春秋社刊)は泣ける本です。

 私はこの本を生徒から薦められた。
 私は小説を読むのが好きなのだが、今は小説は読まないようにしている。小説は私にとっては「時間泥棒」のように思えていたからである。しかし、最近これに例外を設けるようになった。生徒から薦められた小説はできるだけ読むことにしたのである。少し時間的にゆとりができてきたということかもしれない。

 私は自分の授業の記録を生徒に輪番で取ってもらうことにしている。「授業ノート」と呼んでいるのだが、それには授業の感想なども書かれていたり、また彼女たちが最近感動した本や映画なども紹介されていて、読むのがとても楽しみとなっている。
 最近、中3の「授業ノート」に「先生、この本泣けますから読んでください」ということが書かれていた。そしたら次の週の番になった生徒も「私もこの本を読んで泣きました。この本は図書館にあります」と書かれていたので、さっそく図書館に行ってその本を探したら、司書の先生が「この本はほとんどいつも貸し出されていて、なかなか戻ってこないのです。予約しておきましょうか?」といわれたので、「そうしてください」と頼んだ。
 そしてしばらく立って、司書の先生から「あの本戻ってきました」といわれ、さっそく借りだして読んだ。

 この本は「その日」つまりさまざまな死を前にした人のことを語った短編小説集である、と思った。一つ一つは確かに悲しい話しであるが、「涙を流すほどのこともないな」と思って途中まで読んできたが、最後の方の「その日のまえに」「その日」に近づくに連れて、おさえようもなく、堰を切ったように涙が流れ出してきたのである。
 主に行き帰りの通勤電車の中で読んでいたので、ちょっと恥ずかしかったのだが、涙で先が読めないので、ハンカチで涙を拭きふき読まねばならなかった。

 クライマックスのところで、この本にもこう書いてあった。

 神さまより人間の方がずっと優しい。
 神さまは涙を流すのだろうか。
 涙を流してしまう人間の気持ちを、神さまはほんとうにわかってくれているのだろうか。
 頼む、涙よ、邪魔をしないでくれ。僕の妻は、もう、こんなに透き通ってしまった。


 それまで、独立した短編小説家と思っていたのが、最後の方になってみごとに繋がっていくのである。

 生徒が「この本泣けます」といって薦めてきたのがよくわかった。私も友人にそういって薦めるであろう。今日実際にそういって3人の人にこの本を薦めた。
 彼女たちはこういう「泣ける本」が好きである。感動して涙を流して、心を浄化してもらいたいのかもしれない。

 そういえば、この前に読んだ「涙の理由」(ファン・ディム・ソン・加藤隆子共著 女子パウロ会)も「泣ける本」だった。
 実は今日、「涙の理由」の著者のソン神父を、カトリック三島教会に訪ねて話しをしてきたところである。
 クリスマスまえの「自己発見ワークショップ」という中3の生徒を対象とした特別授業で、彼に中3の生徒に話しをしてもらうことの打ち合わせに行ったのだが、そのときにもこの「泣ける本」の話しをしてきたところである。
 彼も言っていた。
「みんな泣きたいものをもとめているのですね。涙を止めなく流して心を清めて欲しいと願っている。私の本の中ではそういう箇所が何カ所もあります。よく聞いてみると涙を流すところがみんな違っているのです。まさに『涙の理由』が人によって少しずつ違っているのかもしれません。」

 そうだ、今度生徒に「涙の理由」という本を「この本泣ける本だから読んでみて」と薦めることにしよう。
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2006年11月22日

ニコ・ピロズマニと「百万本のバラ」


piro1 加藤登紀子の「百万本のバラ」にはモデルになった画家がいたという。ニコ・ピロズマニ(1862〜1918)がそれである。
 かれはグルジアの貧しい画家で、グルジアの農村風景やそこに住む人たちの姿を好んで描いた。一日の酒と食料のために居酒屋やレストランの壁に描いた絵は今でも残っているという。
 ある日その地を訪ねた有名な画家の目にとまり、モスクワに行くことを薦められるが、中央の画壇はこの田舎作家の作品に冷たく、プリミティブな彼の画風について新聞で幼稚な作品と酷評され、失意のうちにグルジアに帰ってくる。生前はほとんど認められることなく、貧困と放浪のうちにその画家としての生涯を終える。
 また、ある時はその地を訪れたフランス人の女優に一目惚れし、その愛を示すために彼女の泊まっているホテルの前の広場を赤いバラの花で埋め尽くしたという。

piro2 この話しはアンドレイ・ヴォズネセンスキーの詩によって有名になり、歌となってヒットした。加藤登紀子の「百万本のバラ」に歌われる貧しい絵描きは、彼をモデルとしたものと言われる。
 また晩年ピカソに認められ、ピカソはこの貧しい画家をモデルにした絵を残している。
 さらにこの画家の名前を冠した赤ワインも売られている。
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2006年11月01日

「涙の理由 −救われた難民と船長の再会物語」を読む

「涙の理由 −救われた難民と船長の再会物語」(ファム・ディン・ソン+加藤隆子共著 女子パウロ会刊)を読んだ。なかなか感動的な物語である。

 本の帯にはこういう紹介があった。

 死の海から73人のベトナム難民を救助した日本人船長の涙。20年前17歳だったソン少年は、今、神父となり、過去をたどる旅に出る。

 著者はベトナム難民。1981年17歳の時にボートで南ベトナムを脱出、フィリピンの難民キャンプを経て、1982年に日本に来る。そして日本に定住。1994年カトリック司祭となる。
 この本は、サイゴン陥落から南ベトナムを脱出。73人のボートピープルとして死の海を漂流。日本のタンカーに救助されて、フィリピンの難民施設を経て日本に来る時の様子がリアルに書き出されている。

 日本のタンカーに救助され、マニラにて下船し、船長や船員と別れなければならなかった時に、彼らは真っ白い制服に身を包み、一列に整列して、敬礼していた。

「残念ながら、皆さんを日本に連れて行くことができなくなりました。とても申し訳なく思っております」
 船長のその言葉だけで、ぼくらは充分であった。
 ぼくらは整列する彼らの前をゆっくりと進んでいった。まるで大事なお客を送り出すかのように彼らはぼくらに向かって敬礼し続けた。言葉は通じなくても、ぼくらひとりひとりを「難民」という一線を画したものではなく、対等の人間として尊重してくれている彼らの気持ちが伝わってきた。3日間という短い時間ではあったが、彼らのおかげで涸れかけていたぼくらの命は息を吹き返した。
 そのとき、ぼくは見た。ぼくら73人を見送る船長の頬には涙が光っていた。じっと敬礼のポーズを取りながら、彼は泣いていた。
 ぼくは歩を進めながら、ゆっくりと船長の姿を追った。船長はなぜ涙を流しているのか? ぼくらを日本に連れて行けなかったことへの悔し涙なのか、ぼくらの行く末を案じる涙か。それともぼくらを助けることで何かあったのか、その問いばかりが、ぼくの頭を占めた。ほかの光景はまったく目に入らなかった。……………。
 以後20年間、このときの船長が流した涙の理由への問いは、ぼくの心の中で種火のようにずっと消えずに残っていくことになる。


 これが、この本のタイトルになった「涙の理由」である。
 この本にはこのような感動的な文章がたくさんある。これは翻訳ではない文章だと思った。この著はソン神父と加藤隆子さんの「共著」とある。どのようなかたちで書かれたかはわからないが、これは翻訳ではない文章である。あまりにみごとで美しい日本語なのである。

 彼は日本の難民施設を出て、甲府の夜間高校に通いながら会社で働きだした。しかし交通事故で大けがをして入院した。そのとき隣のベッドにいたおじさんが話しかけてきた。
 「君は幸せだね。よその国から来ているのに、毎日のように友達が見舞いに来てくれて、私なんか家族もいるのに、来るのは集に一度か二度だよ」
 ぼくは呆然として耳を疑った。ぼくが幸せ? 幸せだって? おじさんはなにを言っているんだ。彼の言葉がまったく理解できなかった。
 ぼくが幸せなはずがない。本当ならいっしょにいるはずの兄弟は船に乗れず、ぼくはひとりぼっちだ。死を覚悟で家族と別れて国を出たのに、助けられたとたん、フィリピンのキャンプに8か月も送られ、ようやく辿り着いた定住先の日本でもぼくはずっと難民のままだ。おまけに交通事故で今ではほとんど寝たきりの生活。弁済の金銭トラブルだってふりかかっている。ぼくは誰よりも不幸の人間のはずじゃないか……………。
 そのとき、頭ではなく心が何かに反応したぼくの中で何かが崩れ落ち、急に篤いものが胸にこみ上げてきた。ふと、右足の付け根から足の甲までを覆っている長いギブスに目をやった。白い地の色が見えないくらいに、見舞いに来てくれた人の寄せ書きでいっぱいだった。毎日のように来てくれる友達やマウリツィオ神父の顔が重なった。なぜだかわからないが、目から涙が止めなくこぼれた。……………。
 ぼくは自分が不幸な人間だと思いこんでいた。自分の不運な状況にばかりにとらわれ、それを支えてくれている友人たちに感謝するどころか、その存在すら見えていなかった。考えてみたら、どんなときでも助けてくれる人たちがいた。船が漂流して死の淵に立った時も、フィリピンのキャンプでも、日本でも――冷たく突き放す人もいたかわりに、いつだって手をさしのべてくれる人たちもいたではないかぼくはいったい、今まで彼らに何を返してきただろう。


 主人公が涙を流すところはそんなに多くはない。その数少ない涙を流すところが実に胸を打つのである。ここにも「涙の理由」がある。
 
 この本の最後の方で、友人に預けておいた手紙の中から胃痛の出さなかった手紙を見つけた時の気持ちを綴った文である。その手紙は、先にフィリピンの難民施設から日本に向けて先に出国した友人に宛てた手紙だった。その手紙には

 「元気かい? 日本での生活はどう? 暮らしやすい? こっちはなかなか大変だよ。フィリピンの難民キャンプでの生活は……………。
 お願いがある。お金を少し送ってもらえないかな? 本津に大変なんだ。くれとは言わない。必ず働いて返すから……………。」
 この行を読んだとたん、ぼくは泣いた。自分でも不思議なくらい涙が出た。
 手紙のむこうには18歳になったばかりのぼくがいた。迷いながらこの手紙を懸命に書く、記憶からも消されていた自分の姿が目の前にあった。手紙の相手も慣れない土地で、しかもまだ収容施設にいる。自分のことだけでせいいっぱいで、とても人に手をさしのべる余裕などないであろうということはわかっていた。それでもぼくは彼に頼らざるを得なかった。そんな自分の立場が苦しく、みじめだった。たいして内容のないことを長々と書いていたのは、書かなければならない「お金を貸してくれ」の1行をなかなか書き出せずにいたからだ。
 ぼくは気づいた。これは出せなかった手紙なのだと。今まで、どんなに昔のことを思いだしても悲しさで涙を流したことなどなかった。常に気持ちを据えて過去と対峙していたからだ。しかし、何の心構えもなく、突然目の前に表れた昔の自分にぼくは動揺した。そしてこの手紙をためらいながらも必死にしたためていた自分の気持ちを思い、ぼくは泣いた。


 この本の故に、今度のクリスマスの前に、ソン神父を学校に招いて中学3年生とともに彼の話を聞く集いを予定している。彼の話を生徒たちはどのように受け取るであろうか?

 


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2006年10月12日

「蛍の光」の疑問

「人はなぜ騙されるのか」(安斎育郎著 朝日新聞社刊)の書評(評者 武部俊一)の切り抜きを読んでいたら、こんな話しが紹介されていた。
 ただこの切り抜きはけっこう茶色くなっているのだが、いつのものかはわからない。

 あの「蛍の光」にも疑問がある。昔の中国に、灯油を買うお金がなく、蛍の光で勉強していた学者がいたという話し、この人、昼間は何をしていたのか?
 猛勉強をしていた? そんなはずはない。実は「蛍をとりにいっていた」。当たっているかどうかは別にして、こんな話しを借りながら「常識の虚」をつく。
 私たちは、もっともらしい話に騙されやすい。それが科学的な装いをしていると、ますます感心したり、おそい入ったりしてしまう。

 この本、確か学校図書館にあったように思うから、さっそく読んでみようという気になった。

 私は、もう30年以上前から、新聞などの記事をスクラップしてきた。切り抜いてきたものを集めたファイルはもう、何十冊、おそらく何千点にもならんとしている。我ながら良くやってきたものだとひとり感心してしまう。
 これがけっこう「宝の山」「Good News の宝庫」なのである。 これこそまさに「Good News Collection」なのである。それをこの間、あまり目を通さずにいた。宝をもちぐされていたわけである。何とももったいない話しである。
 いま、この BLOG もそろそろネタ切れになってきたかなという時に思い出した。
 よって、Good News はまだまだつづく。

 


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2006年09月16日

「灰色の畑と緑色の畑」(ヴェルフェル著 岩波少年文庫)を読む

 中3の生徒から「先生これ読んでみてください」と1冊の本を紹介された。「灰色の畑と緑色の畑」(ヴェルフェル著 岩波少年文庫)という本である。
 この本は読んでいて面白い本ではない。むしろ読んでみると「どうしてこんなことが起こるのだろう」とやるせなくさせる本である。
 この本は世界中に今現に起こっているさまざまな問題をテーマに、それに直面している子供たちを主人公にして描いている。戦争、貧困、飢餓、家庭崩壊、差別、いじめ、老人の孤独から日常生活のちょっとしたすれ違いまで、その中で生きる子供たちを淡々と表現している。
 谷川俊太郎は「この子供たちと自分とを比べて、日本に生まれてよかった」と思うだけではこの本を読んだことにはならないとコメントしている。
 この子供たちは現代社会の本質に迫るなにかを問いかけてくる。もっとも根深いところの問題を感情を込めずに描き出す。

 最近、この種の本をよく生徒に勧められる。その代表は「IT(それ)と呼ばれた子」(デイヴ・ペルザー/著 田栗美奈子/訳 青山出版社)であろう。
 この本は虐待の中で育った子が大人になって書いた本である。親に虐待される場面がこれでもかと思われるほどつづいて描かれる。「もっとしっかりしろ」と主人公にいいたくなるほどそれに耐える。
 この本は、中学3年の生徒にあげてもらう「感動のメディアカタログ」にも毎年あげられる。何でこの本を読んで感動するのかと思われるほどなのである。

 そういえば以前「ヒルベルという子がいた (ペーター・ヘルトリング作 上田 真而子訳 偕成社文庫)や『あの頃には フリードリッヒがいた』(リヒター 上田 真而子訳 岩波少年文庫)を薦められたこともある。これも読んでいてとてもやるせない気持ちになった。

 このような本を、生徒たちが「感動した本」としてあげ、人に読んでもらいたいとすすめる気持ちが、私には今ひとつわからない。これらの本を読んで感じたやるせなさをたまらなく誰かと共有したくなるのだろうか。


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2006年08月01日

「狼少女」の手塚留美子に惚れてしまった。

 今年のカトリック映画賞は「村の写真集」であった。これについてはまた書くことにしたい。
 私は、SIGNIS (カトリックメディア協議会)の一員として、カトリック映画賞の選定にも関わっている。このカトリック映画賞の候補作として、「村の写真集」とともに最後まで残ったのが、実は「狼少女」という映画であった。
 私は最後まで、この「狼少女」をカトリック映画賞として推したのであるが、残念ながらこれは選に漏れてしまった。

 「狼少女」の舞台は昭和30年代であろうか。あの時も転校生の少女がいた。その少女にほのかな思いを寄せていた私の小学生時代の想い出と重なる。
 そしてもうひとつ、この映画に郷愁を感じさせていたのは、BGMである。「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマミュージックにそっくりなのである。


狼少女
 ある地方の町の小学校に転校生がやってきた。この美少女手塚留美子と貧しい家のいじめられっ子の小室秀子と主人公の「僕」太田明の小学4年生が主なる登場人物である。
 ちょうどその時、町に見せ物小屋が現れる。その見せ物小屋には「狼に育てられた少女」が出し物になっている。
 クラスの男の子たちは、この「狼少女」が小室秀子であると噂を立て、いじめるのだが、手塚留美子は毅然としてそのいじめに対抗する。
 主人公の僕はある夜、見せ物小屋をのぞきに行き、その「狼少女」の姿を見てしまうのである。
 見せ物小屋が次の町に移動していくと、転校生留美子も転校していく。

 その手塚留美子の「凛」とした姿に惚れてしまったのである。私の小学生時代の想い出と、ニューシネマ・パラダイスに似たBGMにつられて……………。

 こんどの高校生の「宗研」の合宿でこの映画を一緒に見ることができたらと思う。彼女たちがこの映画を見て何を感じるのか、そこをたずねてみたいものである。

 詳しいことは「狼少女」の公式ページをみてほしい。
 やはりこの映画はカトリック映画賞にはふさわしくないか……………。
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2006年06月16日

父の遺品のなかから昭和13年の DATSUN のカタログが出てきた


DATSUN1 私の父は2004年の10月に91歳で帰天したが、父の遺品を整理していると「こんなものがあった」と発見するものが多い。父のものもちの良さに改めて敬服するのである。

 父は昭和13年にある大学の機械工学科を卒業して、日産自動車に就職した。戦後になって日産自動車からスピンアウトして、フジキャビンスクーターを開発したことは以前紹介した。その後会社は転々としたが、自動車のエンジニアとして働き続けた人であった。


DATSUN2 父の遺品から出てきたものは、就職した時の日産自動車のダットサンのカタログであった。新品同様のカラー印刷のカタログである。
 これは「お宝鑑定団」ものであるだろう。日産自動車の博物館にでも寄付したらいいものかもしれない。

 その当時のダットサンは、まさにクラシックカーそのもので、何とも言えない味わいがある。

 我が家で始めて自動車を買ったのは、たしか昭和43年頃、ブルーバードの中古であった。
 それ以前も父は会社からフジキャビン、オオタ号、くろがねベビーなどをよく家に持ってきて、父からよくドライブに誘われた。

DATSUN3 それから、我が家では4台の自動車を買い換えたが、いずれも日産である。初代から2代目まではブルーバード(いずれも中古)3代目は私が購入した日産・パルサーでこれは新車で買い、4代目もパルサーである。
 いずれも10年以上乗っていた。現在のパルサーは昭和63年ものであるから、18年目になって、まだ健在である。
 日産がハイブリッドカーを出したら買い換えると日産のセールスマンにはいっているのだが、まだ当分買い換えるときは来そうにない。
 とにかく日産以外買おうとしないのは、父が始めて就職した会社だったからであろう。

 そうだ、こんど日産のセールスマンが来たら、この昭和13年のダットサンのカタログを見せてあげることにしよう。
 
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2006年05月15日

義に生きた降倭の将

 私のところに富士ゼロックスの広報誌「GRAPHICATION」が送られてくる。毎回楽しみに呼んでいる広報誌である。2006年144号の特集「コモンズの思想」もおもしろかったが、こんな記事が出ていて、驚いた。

連載シリーズ
時代小説の中の現代(13)
消された裏切り者がよみがえるとき
−江宮隆之『沙也可 義に生きた降倭の将』をめぐって
高橋 敏夫 著

 これは、秀吉の朝鮮出兵のとき、侵略者「日本人」に対抗して、無力な朝鮮王朝から見捨てられ立ち上がった民衆と共闘する「日本人」沙也可を紹介した文章である。
 「文禄・慶長の役」と呼ばれる秀吉の朝鮮侵略のさなか、配下を率いて朝鮮側に投降し日本軍と闘った日本人のひとりで、朝鮮に鉄砲をもたらすとともに、数々の武勲をあげ、国王から「金忠善」の名をもらった日本人武士雑賀孫次郎のことを紹介した歴史小説を紹介している。
 以前このブログで大友の家臣であった志賀親次は朝鮮出兵のおりに「この闘いに義はない」として戦場から離脱したらしいということを紹介した。この話以上の話しがこの「沙也可」なのである。
 この話しは、江宮隆之著の「沙也可 −義に生きた降倭の将」(桐原書店)という歴史小説でも取り上げられているが、さらに司馬遼太郎の。「街道をいく 2 からの国」にもとりあげられていろ。

 こんな人物が日本人の歴史上にいたのである。心に留めておきたい
 
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