2016年02月25日

認知症傾聴講座を受講しました

川崎武蔵小杉の生涯教育プラザで行われた「認知症傾聴講座」全8回を受講しました。なかなかおもしろかったです。
傾聴は需要と共感、
前半は認知症についての医療と看護の知識を教わりました。その中で「100歳の美しい脳」という修道女の脳を研究した本が紹介されました。これについては前回報告しました。
後半はファミリーホールディング協会の山田豊氏の指導による傾聴のロールプレイングが行われました。これがおもしろかったんですね。

たとえばものとられ妄想、嫁がお財布を盗んだと言い張る姑をどう傾聴するか、嫁役と聞き手と観察者の3人でロールプレイをしました。そのあと講師の先生の見本と解説がありました。
こういう場合ほとんどは姑と嫁の言い合いとなってしまいますが、傾聴は受容と共感、認知症者の言うことを否定したり、説得したり、説教したりすると病状が進行するばかりだと言うのです。
じゃ、どうしたらいいのか、「そうよね。お金が見つからないと困るよね。不安だよね。」と共感するところから初めて「いつも決まった場所に財布をおいておくのね。しっかり管理しているの偉い。私なんか年中どこかに置き忘れて探すのね」と持ち上げます。
さらにこういう妄想を持つ人は経済的自立度の高い人なんです。そこを指摘して「ご主人と一生懸命働いて財を築いて来たのよね。その間にいろいろと苦労があったでしょう。」と苦労話を聞き出します。それを語り出してくれたら成功です。相づちを打ちながらめいっぱい共感するのです。
そして認知症者が楽しくて豊かな気持ちの時を過ごすことができるように傾聴していきます。

このほかにも
「実家の帰ると突然言い出して徘徊しようとするケース」
「ご飯を食べさせてくれない」というケース
「施設の職員の教育がなっていないと不満をぶつけて来るケース」
などなどのロールプレイを行いました。認知症者をやり切るのが難しかったですね。

これをしていて考えたことがありました。
実はものとられ妄想は統合失調にもあります。認知症はわすれてしまうのですが、統合失調では忘れずに累積していきます。ここがとても厄介なところなのです。これを巡って何度言い合いや喧嘩をしたことか、そしてそのたびに病状が悪化して行くのでした。
もう一つは学校でのことです。教員は傾聴がまったくできないのですね。たとえば成績不信の生徒と面談するとき、多くの場合このままで行くと単位を落とすと恫喝することしかできていないのです。生徒は成績が悪いことでとても苦しんでいるのです。だからその気持ちにより沿い共感することから始めます。教員のための傾聴講座が必要だと思った次第です。

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2013年12月18日

こういうことあるんですね。感動します。

FB で回ってきました。シェアせずにはいられないステキな話です。

 「誰かのために・・・」 僕が看取った患者さんに、スキルス胃がんに罹った女性の方がいました。余命3か月と診断され、彼女は諏訪中央病院の緩和ケア病棟にやってきました。
 ある日、病室のベランダでお茶を飲みながら話していると、彼女がこう言ったんです。 「先生、助からないのはもう分かっています。だけど、少しだけ長生きをさせてください」 彼女はその時、42歳ですからね。そりゃそうだろうなと思いながらも返事に困って、黙ってお茶を飲んでいた。
 すると彼女が、「子供がいる。子供の卒業式まで生きたい。卒業式を母親として見てあげたい」と言うんです。 9月のことでした。彼女はあと3か月、12月くらいまでしか生きられない。
 でも私は春まで生きて子供の卒業式を見てあげたい、と。子供のためにという思いが何かを変えたんだと思います。
 奇跡は起きました。春まで生きて、卒業式に出席できた。
 こうしたことは科学的にも立証されていて、例えば希望を持って生きている人のほうが、がんと闘ってくれるナチュラルキラー細胞が活性化するという研究も発表されています。おそらく彼女の場合も、希望が体の中にある見えない3つのシステム、内分泌、自律神経、免疫を活性化させたのではないかと思います。
 さらに不思議なことが起きました。彼女には2人のお子さんがいます。上の子が高校3年で、下の子が高校2年。せめて上の子の卒業式までは生かしてあげたいと僕たちは思っていました。
 でも彼女は、余命3か月と言われてから、1年8か月も生きて、2人のお子さんの卒業式を見てあげることができたんです。そして、1か月ほどして亡くなりました。
 彼女が亡くなった後、娘さんが僕のところへやってきて、びっくりするような話をしてくれたんです。 僕たち医師は、子供のために生きたいと言っている彼女の気持ちを大事にしようと思い、彼女の体調が少しよくなると外出許可を出していました。「母は家に帰ってくるたびに、私たちにお弁当を作ってくれました」 と娘さんは言いました。
 彼女が最後の最後に家へ帰った時、もうその時は立つこともできない状態です。病院の皆が引き留めたんだけど、どうしても行きたいと。 そこで僕は、「じゃあ家に布団を敷いて、家の空気だけ吸ったら戻っていらっしゃい」と言って送り出しました。ところがその日、彼女は家で台所に立ちました。立てるはずのない者が最後の力を振り絞ってお弁当を作るんですよ。
 その時のことを娘さんはこのように話してくれました。「お母さんが最後に作ってくれたお弁当はおむすびでした。そのおむすびを持って、学校に行きました。久しぶりのお弁当が嬉しくて、嬉しくて。昼の時間になって、お弁当を広げて食べようと思ったら、切なくて、切なくて、なかなか手に取ることができませんでした」
 お母さんの人生は40年ちょっと、とても短い命でした。でも、命は長さじゃないんですね。 お母さんはお母さんなりに精いっぱい、必死に生きて、大切なことを子供たちにちゃんとバトンタッチした。
『致知』2012月7月号 より 鎌田 實 「誰かのために・・・」
出典:人間力.com

 -------------------- 人間は「誰かのために」と思った時に、希望が生まれてくるし、その希望を持つことによって免疫力が高まり、生きる力が湧いてくるのではないかと思います。 あなたの大切な人は誰ですか? その人のためにどんな些細のことでも良いので、何かできることをしてあげて下さい。その行動が、きっとあなたにも元気を与えてくれるはずです。 もし宜しければ、シェアをお願いします。


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2012年11月23日

「心のともしび」HPに私の書いた「美しく老いる」が掲載されました。

「心のともしび」のホームページに、私の書いた「美しく老いる」というテーマの文章がアップされました。坪井木の実さんの朗読付きです。
今日23日「心のともしび」15000回記念感謝ミサが東京カテドラルで15:00より行われます。

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2012年04月04日

「60歳のラブレター」落選作品

三井住友信託銀行が主催する「60歳のラブレター」に密かに応募していました。
が、先日「落選」の通知が来ました。
私としてはかなりの自信作だったのですが、やはりダメでした。



これには前にも応募したこともあったのですが、やはりだめでした。
そのときは「夫から妻にあてたラブレター」でしたが、今回は「91歳の母から65歳の子へ」という設定です。
いかがでしょうか? やはりこれじゃダメかな?
でも、これに懲りずまたチャレンジしてみます。

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2012年03月05日

聖アウグスティヌスの愛の祈り または「泣かないで」の祈り


死はとるにたらない。私は別の側に移っただけ。
私は私だし、あなたはあなたのまま。
私たちは、私たちがお互いにとってそうだったものであり続けます。
私を、あなたがこれまで呼んでいた名で呼んで。
私にこれまでのように話しかけて。
いつもと違った調子で話しかけないで。
私たちを笑わせたことを笑い続けて。
祈って、ほほえんで、私のことを考え続けて、私といっしょに祈って。
私の名前がうちのなかで、重々しい調子や暗い調子でなくて、
前と変わらず呼ばれますように。
人生は、これまでと同じ意味を持ち続けます。
これまでどおりです。糸は切れていません。
どうして私があなたの思いの外へ出てしまうことがあるでしょうか。
どうして私があなたの目の見えないところにいるというだけのことで。
私は遠くにいるわけではありません。
道の反対側にいるだけです。
ほら、すべてうまくいっているでしょう。
あなたは私の心をまた見つけるでしょう。
その中で純化した優しさといっしょに。
涙を拭いて。もし私を愛しているなら、泣かないで。
  出典「ヨーロッパ死者の書」(竹下節子著 ちくま新書 12P)


私の母の死を知らなかったと言って、友人から贈っていただいた『祈り』である。
この祈りはフランスでも葬儀の時に読まれるそうです。
英語訳も紹介してくれました。



? Death is nothing at all, I have only slipped away into the next room.
I am I, and you are you.
Whatever we were to each other, that we still are.
Call me by my old familiar name, speak to me in the easy way which you always used, put no difference in your tone, wear no forced air of solemnity or sorrow.
Laugh as we always laughed at the little jokes we shared together.
Let my name ever be the household word that it always was.
Let it be spoken without effect, without the trace of a shadow on it.
Life means all that it ever meant.
It is the same as it ever was.
There is unbroken continuity.
Why should I be out of mind because I am out of sight?
I am waiting for you, for an interval, somewhere very near, just around the corner.
All is well. ?


竹下節子さんはブログでこんなことも書かれています。
死は「新たな出会いである」というメッセージを含んでいるところにとてもとても共感しました。

その『ヨーロッパの死者の書』を書いてから現在までの間に私は両親を次々と亡くしましたが、両親が別の形ですぐそばにいてくれることは実感しました。生前、日本とフランスにわかれていた頃よりもずっと近くの感じです。
私には死者が勝手に千の風になって吹き渡るとは思えませんが、互いに思いを残した者同士が想起し合うとき、生きていた時のさまざまな障害(距離とか病気とか老いとか・・)を越えてより親密な深い場所で何かが起こるような気がします。両親との「別れ」はその意味で「新しい出会い」でもありました。その「出会い」からずいぶん力をもらえたようにも思います。


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2011年12月03日

いよさん「笑顔とほほえみの使徒」の92年の生を閉じる

2011年11月30日午後11時55分平和病院にて、母のいよさんは神のもとに召されました。最期まで明るく楽しく愛と思いやりに満ちた生涯を生き抜いた感じの母でした。いよさんの永遠の安息のためにお祈りください。

前にも記したとおり、いよさんは10月29日に胃潰瘍で入院しました。胃潰瘍は快方に向かっていて、あと少しで退院というところまでこぎ着けていたのですが、敗血症によって突然の急変となりついに帰らぬ人となりました。
12月3日カトリック鶴見教会において、葬儀ミサならびに告別式が行われ、多くの会葬者に見送られながら、おわかれをしました。

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写真をご覧いただければおわかりと思いますが、いよさんはとびきり上等の笑顔をもっていました。
デイサービスに行くとき、ときどき行きたくないと言い出すときもあるのですが、そういうときは「いよさんのえがおはまわりにいる人を幸せにできるんだから、行って笑顔を振りまいていらっしゃい」というと「そんならいってこ」といいながらヘルパーさんにニコニコしながらついて行きます。
いよさんは「笑顔とほほえみの使徒」なのです。笑顔とほほえみで福音を告げる使徒だったのです。
わたしは、いよさんの笑顔ができるだけおおくのひとを幸せにできるようにするのが自分のミッション(使命)だと思うようになりました。
だから、いよさんをあちこちに連れ出しました。6月に会津若松のおじさんを訪問したときも10月に札幌の弟の家族を訪ねたときも、あるいは夏に浜松で開かれたCLCの全国大会に参加したときもいよさんと一緒でした。

電車の中や町を車いすのいよさんと一緒にいると、見知らぬ人が車いすのいよさんにむかって声をかけるのです。「親孝行の息子さんをもって幸せですね」と。
中国系と見られる男の方が私に向かって「あなたのおかあさんですか? 輝いていますね」と言われたこともありました。
いよさんのもつほほえみは人を引きつけて病まないものがあるようです。
母の笑顔とほほえみをおおくのひとに見せびらかして自慢したかったのです。

いよさんは「喜ばれることが喜び」でした。7年前になくなった父の登にもそういうところがありましたが、人に喜んでもらうということが一番の自分の喜びだったのです。丹精込めてつくった刺繍の作品をおしげなく人にあげて喜ばれていました。

いよさんは「聞き上手」でした。あまりおしゃべりではないのですが、いよさんの前に行くとなんでも話したくなってしまう、そういう雰囲気を持っていました。刺繍教室でも人の話を聞きながら刺繍をさしていたようです。

さいごにいよさんの生を支えてくださった多くの方に心よりの感謝のことばを述べさせてください。
特に、手厚い医療と看護を施してくださった新平和病院のドクターや看護士さんたち、ほとんど毎日通っていた平和病院のデイサービス、1月に1週間のショートステイを受け入れてくださったやまゆりホーム、食事介助をしてくださった「あしほ」のヘルパーさんたち、いよさんはこのような多くの人のサポートによって充実した毎日をすごしていました。
そしてその他多くの方にお世話になりました。本当にありがとうございました。

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2011年11月29日

いよさんの好物リスト

入院中の母いよさんの好物リストを病院の栄養士さんにわたした。いよさんはまだおもゆ程度の流動食しか食べられないのだが、近いうちにすり下ろし食、刻み食へと少しずつ回復する際に参考にしてもらえたらと思って、このリストを作った。

タクワンはだめ。こういうしねくねしたのはかみきれないし、のみこめない。
入れ歯の関係でカタイせんべいみたいなものはダメです。りんごも丸かじりは駄ダメです。
べったらづけや奈良漬けは薄く切ってあれば食べられる。
おもゆは好きでない。
ほうれん草のゴマ和えやおかか和えは食べる。
味噌汁のみは、ほうれんそう、おふ、ジャガイモが好き。でもあまり実は多くない方がいい。
みそ味のたまごおじやはすき。
あん団子、みたらし団子は大好き。息子の分まで食べちゃう。
カステラ、桃山、すあま、きりざんしょ、ぎゅうひ、くずもち、ういろう、ようかん、はぶたえもちには目がない。
あんぱん、いちごぱん、くりーむぱんはすき。
サツマイモの甘露煮、にんじんグラッセ、里芋の煮物、肉じゃが、
ウナギの蒲焼き大好き。
魚は大好きではないが、食べる。
いちごのつぶしたのにミルクと砂糖をかけて食べるの好き。
どんなにおなかいっぱいでも食欲がないときでもアイスクリームなら食べる。
のりいもまめこさんと呼ばれていたくらい、このおかずがあったらじゅうぶん。
まめやのりやしょうが昆布の佃煮も好きです。
いなり、太巻き鉄火巻きのおすしも好き。にぎりずしはそれほどでもない。
おでんのたまごとめだまやき、たまごやきもすき。
めだまやきはお醤油をかけて食べます。
ソース味の焼きうどん、コロッケ、カツ丼も好きです。


これでみるとおり、グルメではないのですが、けっこう食いしん坊で、甘い物好きです。
好き嫌いがなくてなんでも食べます。
おなかがへると、お菓子を探し回って、お菓子が見つからないと砂糖をなめているところを見つけられてしまいました。

まだまだあるのですが、思い出せません。

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2011年11月21日

アルジネード・ウォーター

母のいよさんは胃潰瘍を患って入院中である。
まだ栄養は点滴で摂取中で食事もできないので、くいしんぼうのいよさんがかわいそうである。
ただ飲むものは一部許されている。いよさんが飲んでいるものはアイソカル・アルジネード・ウォーターなるものであった。私も初めて見るものである。

「スポーツドリンク風味、栄養機能食品(亜鉛・銅)」と書かれてあった。これを製造販売しているのはネスレ日本であった。日本ではインスタントコーヒーとクリープが有名であるが、世界的にはもっともおおきな食品会社である。

亜鉛は味覚を正常に保つのに必要であるとともに、皮膚や粘膜の健康維持を助けるとともに、たんぱく質・核酸の代謝に関与して、健康の維持に役立つ栄養素である。
銅は、赤血球の形成を助けるとともに、多くの体内酵素の正常な働きと骨の形成を助ける栄養素です。

1パック中の栄養成分
熱量:100kcal、たんぱく質:2.5g、脂質:0g、炭水化物:22.5g、亜鉛:10mg、銅:1.0mg、リン:225mg
アルギニン:2.5g、水分:107g


アルジネード・ウォーターを検索してみると、

ベッドで同じ姿勢でいることの多い方が、手軽にアルギニを補給できる。
アルギニンは、からだの中でたんぱく質を作る重要なアミノ酸の一種で、寝たきりの栄養管理に大切な栄養素です。肉類、ナッツ類、大豆、玄米、干しぶどう、牛乳、かになどに多く含まれていますが、たくさんの量を摂るには工夫が必要です。


というようなことが書かれていた。
こういう飲料もあるんだと知った次第である。ちょっと飲んでみたらけっこうおいしい味がしていた。いよさんも「おいしい」と言って飲んでいる。

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2011年11月13日

いよさんのお勉強の時間

この1週間は大変だった。
いよさんが札幌から帰ってきたあとの10月29日に「胃潰瘍」で入院した。札幌行きが響いたのかもしれない。
そしてさらに入院中の先週の水曜日に吐血した。かなり大量の血を吐血したので、出血多量による「事態の急変」を心配するほどであった。
さいわい、出血は止まり、そのご順調に快方に向かっているようなのでひとまず安心している。
2晩病院に付き添いで泊まり込んだが、いよさんの意識はしっかりしていたのが救いだった。

入院して付き添っているときのベッドに横になっているいよさんとの対話。
「いよさん、退屈だね。何かして遊ぼうか?」
「遊ぶ? 動けないからむりだよ」
「じゃあ、お勉強しよう、あたまはつかえるよね。」
「うん、いいよ。なにするの?」
「じゃあ、最初は算数ね。足し算をしてください」
「簡単なのならいいよ。」
「じゃあね。14+9は?」
「23」
「いいねえ、よくできるね。じゃあ、23+12は?」
「え〜と、35.」
「ぴんぽーん。35+17は?」
「53」
「ぶーっ。35+17だよ。」
「52」
「ぴんぽーん。52+28は?」
「52+28? 70かな。」
「ぶーっ。 じゃあ、28+52は?」
「80」
「ピンポーン」

ともかく頭を使うことを厭わないところがえらい。
「じゃあ、次は国語のお勉強ね。」
「この漢字読める?」といって、100円ショップで買ってきた「今こそ恥じない漢字の読み方1」という本に書かれている漢字熟語を読ませた。
「男気 理解 外来 体裁 礼儀 行脚 素質 図書 工事 修行 気配 解毒 外科 行使 体得 礼賛 素性 図面 工面」
このうちいよさんが読めなかったのは
「行脚 図書 解毒 礼賛」である。いよさんはけっこう漢字の読みには強い。漢字を書くのはたいへんだが。

「じゃあ、次は英語の時間。1から100まで英語で数えてご覧」
 だいたいいえる。
「67は?」「sixty seven」とこの位ならちょっと考えるだけでいえるのである。

「次は社会科の時間。日本の首都は東京。アメリカの首都は?」
「わかんな〜い」
「じゃあ、神奈川県の県庁所在地は横浜。静岡県の県庁所在地は?」
「県庁所在地って何? わかんな〜い」
「日本で一番高い山は?」
「富士山」
「ピンポーン」
社会科は難しいようである。分かるのは日本で一番高い山くらい。

「じゃあ、音楽の時間ね。一緒にお歌を歌いましょう。」
「ずいずいずっころばし。ごまみそずい。つづけて一緒に歌おう」
「ちゃつぼにおわれてとっぴんしゃん。ぬけたらどんどこしょ」
この歌はすらすらと最後までだいたい歌える。
「じゃあ、次はこの歌歌える? 夏も近づく八十八夜♪」
「のにもやまにもわかばがしげる♪」
「あ、うたえるうたえる、すごーい。おぼえているんだ」
「あれにみえるはちゃつみじゃないか♪ あかねだすきにすげのかさ♪」
「あかねだすきってなに? すげのかさってどんなかさ?」
「わからな〜い」
「じゃあ、このうたは? はしらのきずはおととしの♪ なんのうただ?」
「5月5日のせいくらべ♪ せいくらべの歌だ。」
「5月5日の端午の節句の歌だよね。続いて歌ってご覧」
「ちまきたべたべにいさんが はかってくれたせいのたけ♪
きのうくらべりゃ なんのこと やっとはおりの ひものたけ♪」
「うたえるね。」
「じゃあ、今ごろの秋の歌。あきのゆうひに♪」
「てるやまもみじ こいもうすいも かずあるなかに………♪」
5分前の記憶を完全に失ってしまう記憶障害とはとても思えないくらいによく覚えている。
その他にいよさんが1番の歌詞をそらんじていて歌える歌は次の歌であった。
「もういくつねるとお正月」
「年の初めのためしとて」
「ゆーきやこんこん」
「さぎりきゆるみなとえの(冬景色)」
「あかりをつけましょぼんぼりに」
「はーるのおがわは」
「はるがきた」
「どんぐりころころ」
「いらかのなみとくものなみ」
「うのはなのにおうかきねに」
「なのはなばたけにいりひうすれ」
「あめがふります」
「うみはひろいなおおきいな」
「むらのちんじゅのかみさまのきょうはめでたいむらまつり」
「しずかなしずかなさとのあき」
「みかんのはながさいている」
「はこねのやまはてんかのけん」(これがけっこう歌えるのには驚いた」
「しょうしょうしょうじょうじ」
「とおりゃんせ」
まだあるだろう、歌える歌を発見していくのは楽しい。
いよさんが「しらな〜い」といって歌えなかった歌
「あんたがたどこさ」
「いちかけにかけでさんかけて」
「どこかではるが」
「なかよしこみちはなんのみち」
「あのこはた〜れ」
つぎに、いよさんの青春時代、昭和10年代にはやった歌をiPad で見ながらきいてみた。
「青春日記」「高原の旅愁」「青春パラダイス」「新雪」「純情の丘」
これらは全滅。いよさんは「しらな〜い。きいたことな〜い。」
戦後の「りんごの歌」「青い山脈」のほうがまだよく歌える。

それほど歌好きではなかったし、自分で口ずさんでいるのはほとんど聞いたことはないのだが、「ずいずいずっころばし」をうたっているいよさんはたまらなくかわいい。今度ビデオに撮っておこう。
テレビの歌番組は好きでよく聞いていたが、この頃の歌は何も覚えていない。

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2011年09月13日

よたよた、よろよろ、ふらふら、ひょろひょろ、よぼよぼ、とぼとぼ

92歳の母いよさんの言葉の感覚のおもしろさは前にも書いた。私がいつも面白がるので、彼女もとてもよくしゃべるようになる。

最近足元がおぼつかなくて、××××と歩く。この「××××」に入ることばいつも違っていることにきがついた。
「よろよろ」
「よたよた」
「ふらふら」
「ひょろひょろ」
だいたいこの4つであろうか。

そこで、いよさんは使わない「よぼよぼ」「とぼとぼ」もくわえていよさんにきいてみた。
「よろいよさん、よたいよさん、ふらいよさん、ひょろいよさん、よぼいよさん、とぼいよさんのどれがいい。」
「なにそれ?」
「いよさんが歩くときのことばだよ。よろよろ歩いたり、よたよた歩いたり、ふらふら歩いたり、ひょろひょろあるいたり、よぼよぼ歩いたり、とぼとぼあるいたりしているじゃん」
「そんな〜。よぼよぼなんか歩いたりしないよ。まだそんなにとしよりではありません。」
「でも歩いているときに、あしもとがおぼつかないよ。ね〜。よろいよさん、よたいよさん、ふらいよさん、ひょろいよさん、よぼいよさん、とぼいよさんのどれがいい?」
「そうね〜。よたいよさんがいちばんいいね。」
「ああ、そう〜。じゃいよさんがあるくときはよたいよさんだね。」

とまあ。こんな会話がときどき繰り返される。いよさんの好みはだいたいが「よたいよさん」である。

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2011年08月29日

いよさんの「いってこ」と「もうちょいねる」

母のいよさん、92歳。私は母のベッドの横に布団を引いて寝ている。
その母がいつも4時~7時ころにトイレに起きる。おおいときは2回起きる。
私もほとんど目がさめる。
「トイレはどこ? あっち?」
「そうだよ、あっちのほう。電気がついている廊下の先の方」と指をさす。
いよさんは自分の家のトイレもわからないことがある。
「大、だしてくんですよ」
「だいはでな〜い。おっしっこだけです。じゃ、トイレにいってこ」とよたよたとトイレにむかう。
「いってらっしゃ〜い」
「いってきま〜す」
家のトイレは自分だけでいける。
トイレから帰ってくる。
「寝るとこはどこ?」
「こっちのベッドですよ。私の布団でもいいですよ」と布団を持ち上げていう。
「いいよう。せまいもん。ベッドにねま〜す。今、何時? 何時に起きるの?」
「今、6時半。おきるのは7時だからあと30分寝られるよ。それともちょっと早いけれど起きる?」
「いいよ、もうチョイねる」
「いいね〜。その『もうチョイねる』ていうの。『もうチョイねるのおいよ』だね。また新しい名前ができたよ」
「いいよ〜。いい名前じゃないよう。やだよ〜。」
「いいよ〜。やだよ〜。いったいどっちなの。」
「やだよ〜。」
「あまり『やだ。やだ』っていうと、『つちやいよ』さんじゃなくて『つちややだよ』さんにしちゃうよ。」
「やだよ〜。では、もうちょいねるか」
とまあ、こんなぐあいの朝のいよさんとの会話である。
いよさんの言葉のやりとりをいつも楽しんでいる。「いってこ」とか「もうちょいねる」とかのことばの感覚がとても楽しいのである。

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2011年07月22日

電動アシストという技術

最近急坂をすいすい登っていく自転車をよくみる。電動アシスト付き自転車である。
この技術を発展させて、電動アシストロボットというのが開発されたという。このロボットはデンマークなどの介護の現場からの注文が殺到しているという。介護を必要とする高齢者の動作を助けるよりも、介護する人のアシストをするためであるらしい。
この前テレビで、人を背負ったまま富士山に登頂した人の映像がでていた。背負う人はこの電動アシストつきの装置を足につけていた。

この技術は人の足の動きを感知して、それを助ける働きをする技術である。この技術はとても有効な技術ではないかと思う。

先日会津若松に行ったとき、いよさんは布団にねた。家ではベッドである。ところがいよさんはひとりでは布団から起きられなくなっていたのである。以前は何かにすがって膝をつく格好になってそこから膝を折り曲げて体重を移動して自分で起き上がれたのであるが、その方法を忘れてしまった。
あわてて、私が抱き起こそうとしたら、腰を痛めてしまい、トイレに連れて行くのに大変だった。
こういうときにたしかにこの電動アシスト技術というのはとても役立つだろうと実感した。

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2011年05月08日

いよさんが発するオーラ

最近、91歳の母いよさんをつれて、電車に乗ることが多くなった。先週の土曜日も湯河原まで行って、ある集まりに参加した。
いよさんを車いすにのせ、それをおしてでかけるのだが、これができるのも駅にエレベーターが完備されてきたからである。
鶴見駅で2回、横浜駅で乗り換えるときに2回、そして湯河原に行って会場に着くまでに3回もエレベーターに乗る。駅では「お手伝いが入りますか?」と駅員が必ず声をかけてくれる。自動改札を車いすが通り抜けられないので、切符を買って改札をしてもらわなければならない。

電車に乗るときに、声をかけられるのは駅員だけでない。ずいぶんいろいろな人に「手伝いましょうか?」と声をかけられるのが、うれしい。
この日は、京浜東北線の中で中国人とみられる人が日本語で声をかけてきた。
「おばあちゃん、お元気そうですね。とても輝いています」
「はあ、おかげさまで。ありがとうございます。」
こんな短いやりとりがあった。「輝いています」というのは、おそらく中国語では最高級の誉め言葉なんだろうなと想像してしまった。日本語ではこういう使い方はしないだろう。

東海道線の湘南電車の中では、前に座っている人が、ときどきいよさんを見ながらスケッチブックに色鉛筆でスケッチしていた。
スケッチが終わると、スケッチした絵をスケッチブックから切り離して、はいといって差し出された。そこに描かれていたのは、こんな絵だった。

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2011年03月25日

いよさんの朝「起きて起こして」

私の母のいよさんは91歳。記憶障害があって3分前のことはきれいに忘れてしまうけれど、とてもかわいい自慢の母である。
私は今この母と一緒に寝ている。いよさんはベッドで私はその下に布団を敷いて寝ている。

朝7時になると、わたしはいよさんに「ねえ、いよさん、7時だよ。起きて起こして」と頼む。私はいよさんに手を引っ張ってもらって起こしてもらうことにしているのだ。
こうたのむと、いよさんは「あいよ」っていって起き上がり、ベッドを降りてよろよろしながら私の両手をつかんで引っ張って起こしてくれる。
「よろけてたおれそう」なんていいながらも「よいしょ」といって私を起こす。
わたしはおこされながらも実はしっかりといよさんを倒れないように支えている。

なぜか、ちっともいやがらなくて、むしろうれしそうに起こしてくれる。
91歳の母が64歳の息子を朝、手を引っ張っておこす家などどこにもないだろうなとおもうけれど、いよさんは完全に私の子どもの頃こうやって私を起こしたあの時に戻っているのだろう。
私もこのときだけは母に最高に甘ったれていることになる。マザコンなどと言わば言え。

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2011年02月22日

いよさんが最も口にする言葉

母のいよさん、91歳。元気です。

いよさんによく質問します。
「いよさんが一番よく言う言葉はなんだかわかる?」
するといよさんは、しばらく考えたあと
「わかんな~い」
といいます。
「せいかーい。一番よくいう言葉は『わかんない』だよ。散歩いていても食事をしていても、テレビを見ていてもすぐに『なんだかわかんなーい』といいだすよ」
「わかんないよー」
「ほら、またいった」
そうなのです。記憶障害で1分前のことを忘れてしまういよさんは、すぐにわけわかんなくなります。自分が一体どこにいるのか、なぜここにいるのか、何をしているのか、わからなくなるのです。ドラマを見ていても筋書きがわからないし、登場人物も分からないので、分からないの連発です。

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2011年01月01日

今ここにいることがビッグニュースである2011年へ

私の2011年年賀状です。
はじめて公開します。私はこういう年賀状を40年以上出し続けています。いつかそれを画像として公開しようと思っています。

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2010年09月28日

母と妻とわたしのお揃いの服

最近、91歳の母と妻とわたしの3人で出かける時に、お揃いの服を着ていくことにしている。
日曜日の教会にお揃いで行くと、みんなにうらやましがられる。
こういうのって悪くない。

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2010年09月16日

「今日何して遊ぶ?」いよさんの朝の挨拶

91歳の母のいよさんのベッドの下にふとんをひいていつも寝ている。
朝7時に起きることになっているので、7時になると「いよさん、おはよっ」といって起こす。
いよさんから「おはよっ」と返事があると
「今日もいよさんと一緒の楽しい一日がはじまるよ。いよさんと一緒だと楽しくって楽しくって」
といったら。いよさんの返事はなんと
「今日は何して遊ぶ?」

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2010年09月03日

親子の会話が楽しくって

「親子の日エッセイコンテスト」に応募したのだが、残念ながら選に漏れてしまった。それで、せっかく書いたのだからここで発表することにした。
 私はどうしてこの作品が選に漏れたのか、その理由がわからない。他の入選作品に比べても見劣りするものとは思われないんだけれど……………。

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2010年04月26日

「あめんぼあかいな」をいよさんが知っていた

先日、妹が母のいよさんに「あめんばあかいなって知っている?」ってきいたら、なんといよさんは「知っているよ。あいうえおだよ」って答えたそうです。
さすがにその先は思い出せなかったようですが………。

実は私は知らなかったんですね。妹は「これは詩吟の練習の前に発声練習として滑舌をよくするためにみんなで大声で唱えるんだよ。なんでも北原白秋作らしい」って教えてくれました。
それでさっそく調べてみました。

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